紳也特急 108号

~今月のテーマ『包皮を守ろう』~

●「キレる」もいろいろ
○『包皮は退化せず』
●『包皮を守ろう』
○『包皮の害とその予防』
●『包茎の定義がなぜ統一されない』
○『岩室の反省』

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●「キレる」もいろいろ
 夏休み前は講演のラッシュ。多い日は一日3回というハードスケジュールもありますが、声をかけられたら基本的にNoと言わないようにしているので夏バテならぬ、講演バテにならないように注意しています。「同じような講演を繰り返していて飽きないのですか」と思っている方もいらっしゃるでしょうが、自分にとって同じ講演というのは一つもありません。同じテーマであっても内容は微妙に違いますし、何より、講演で出会う聴衆、生徒さんや大人たちがいろんなことを教えてくれます。また対象が違うため話す側としての緊張感は毎回同じようにあります。どうやって最初に「つかみ」を入れるかというのが一番苦心、工夫するところですが、ある学校でそのつかみを私の代わりにしてくださったのが若い養護教諭の先生でした。
 「あんたたち何うるさくしているのよ」と金切り声でまくし立てた彼女の声にそれまでざわついていた生徒さん達が一瞬でし~んとなりました。学校で講演会が始まる前に生徒さんがざわついていることはよくあるのですが、そのような状況では多くの場合、教師のどなり声の後、「しかたねーな」という雰囲気が漂う中で講演会が始まることが多く、このように始まった講演はつかみが難しいものです。しかし、今回は雰囲気が違っていました。金切り声の後、何となく「うるさくしてごめんなさい」という雰囲気が漂う中で講演が始まり、いつになくいいキャッチボールをしながら講演をすることができました。
 講演終了後、保健室で副校長先生たちと談笑していた時に、その養護教諭の先生が何やら紙に書いて保健室の入り口に貼った後に一人の男子生徒がのそーっと入ってきました。「今、入っちゃダメと書いてあるでしょ」とまたまた金切り声でキレている養護の先生に「ごめんなさい」と謝って保健室を後にした生徒さん。「私すぐキレちゃうんです」とおっしゃっていましたが、「ここの生徒さんは真剣に向き合ってくれる大人がいて本当に幸せですね」と感じさせてもらいました。
 一方で、あるところで男子高校生が「あ~腹立つ、キレたろか」と言うと、隣にいた仲間が「キレたれ」と追い打ちをかけていました。言葉上だけのことならともかく、そんなやり取りが繰り返されれば、実際に「キレる」場面があるのではないかと背筋が寒くなる思いを経験しました。しかし、その言葉を聞いていた私は「そんなやり取りを繰り返していると本当に事件を起こしてしまうよ」と言うべきなのでしょうが、とても言えませんでした。
 こじつけですが、同じ「切れる(キレる)」ものとして今年の日本小児泌尿器科学会の包茎に関するワークショップで「包皮」が話題になりましたが、「切るべきか切らざるべきか」という議論の中で、「切れるかもしれないが切らないで『包皮を守ろう』」という目から鱗の発言がありました。そこで今月のテーマを「包皮を守ろう」としました。

『包皮を守ろう』

○『包皮は退化せず』
 包茎は手術するな。包皮を剥いて清潔にしていれば包茎であっても問題はないと言い続けてきました。しかし、常に主語は「包茎」でした。どうでもいいこと(失礼しました)を主語にすると、議論がかみ合わなかったり、まとまらなかったりという場合が少なくありません。今までの私は「包皮は意味がある」とか「包皮を守ろう」といった視点で包茎の手術をやめようという発想になったことはありませんでした。しかし、香川県高松市で開催された日本小児泌尿器科学会のワークショップで大阪府立母子保健総合医療センター泌尿器科の島田憲次先生の発表にはハッとさせられました。
 今回のワークショップの目的は小児の包茎をどう考え、どう対処するのがいいかを明らかにすることでした。年間100件以上も手術していたけど今は年間数件になったという施設からの発表があったように、積極的に手術をしているという発表はありませんでした。概ねステロイド軟こうを使って包皮口を広げ、どうしてもだめな場合は手術という意見が多い中で、島田先生はそもそも包皮が退化してなくなっていないこと。他の哺乳類も包茎であること。古代彫刻をはじめ、多くの美術品に包茎が当たり前のように描かれていること。さらに包皮には神経が集中していて、包皮を切除すること自体、正常な神経を切除するため問題ではないかと指摘されました。

●『包皮を守ろう』
 そもそも包皮はどのような役割をもっているのでしょうか。生まれたての赤ちゃんの亀頭部が包皮でおおわれていることは常識ですが、そのような状態である必然性について考えたことがありませんでした。
 亀頭部が包皮に覆われていなければどのような問題が起こるかを考えてみました。亀頭部の皮膚と包皮の皮膚を比べると、包皮の外側の皮膚の方が丈夫にできていますので傷つきにくいでしょうし、包茎であれば亀頭部が包皮に覆われて保護された状態になっていますのでけがをした時にさらに傷つきにくくなっていると言えます。包皮と亀頭部が癒着している子どもは大勢いますが、包皮と亀頭部の間に隙間がなければそこには何も侵入できません。そのため、亀頭包皮炎をはじめ様々なトラブルから亀頭を保護しているとも考えられます。
 また、亀頭部に近い包皮には神経が集中していることが知られており、子どもの内はその部分が包皮の中で刺激されることが少ない一方で、性的な活動を行う思春期にはその役割を果たすため表側に出てくると考えることもできます。しかし、包茎の手術、特に包皮自体を切除する環状切除術を受けるとその神経を切除するため、正常な感覚が損なわれる可能性が少なくありません。実際に手術をした後、性生活に支障が出たという訴えもあれば、包茎の手術を勧めるインターネットのサイトに「神経温存手術」といった記載も見受けられます。
 このように包皮は一定の役割を持っていると考えられるため、正常な状態に手を加えないためにも「包皮を守ろう」という視点で包茎の手術を回避することは当たり前のことだと思いました。

○『包皮の害とその予防』
 その包皮が邪魔になる。包皮があることでトラブルになることは何かを考えてみます。
 見た目が気に入らないというのは包茎の手術を勧めるコマーシャルなどの影響ですので、正確な情報を流せば人の気持は変わるでしょう。包茎だから清潔を保たれず、亀頭包皮炎になるケースも少なくありません。包皮と亀頭部が完全に癒着して隙間が全くなければ細菌感染はおこりませんが、実際には包皮と亀頭部に隙間があり、そこに細菌が侵入して化膿する場合があります。私が包皮を翻転し亀頭部を全部露出して亀頭部を清潔にしましょうと言っているのは亀頭包皮炎を予防するためでもあります。
 包皮から尿が出てくる包皮口が極端に狭く、尿さえも出にくくなることがあります。多くの場合は亀頭包皮炎をおこした結果、炎症で包皮口が狭くなったと考えられますが、尿が出なければ膀胱がぱんぱんに膨らみ、痛みだけではなく、膀胱に溜まった尿が腎臓に逆流してしまい、重症な場合は腎不全(尿毒症)になってしまうことがあります。ただ、このようなケースも包皮口を広げれば問題は解決します。亀頭包皮炎で狭くなるのであれば、亀頭包皮炎を前述のように予防すればいいだけです。
 結局のところ「かぶれば包茎、むければOK」です。

●『包茎の定義がなぜ統一されない』
 今回の学会であらためて気付かされたのが、同じ医者でも「包茎」という言葉を違った意味で使っていることでした。包茎の定義が未だに曖昧なのは、亀頭部と包皮が癒着した状態をどう考えるかについての議論がされていないためです。最近は手術の前に包皮翻転を行う医師が増えていますが、むいてみると、亀頭部と包皮の癒着の程度に大きな差があることに直面します。外尿道口周囲の亀頭部のところから亀頭部と包皮の内板が癒着しているため、外尿道口しか見えない状態の人もいれば、亀頭部の一部は露出できるものの、途中から亀頭部と包皮の内板が癒着している人、さらには冠状溝まで全部露出できる人まで様々です。
 一方で包皮口が狭く、排尿時に包皮が膨らむバルーニング(尿が溜まったため風船のように包皮が膨らんだ状態)をおこす人がいます。この人たちを未だに手術対象としている先生がいますが、包皮口を拡げてあげると包皮と亀頭部の癒着がなく冠状溝までむけている場合がほとんどです。これはバルーニング、すなわち尿が包皮内にたまった時に亀頭部と包皮の癒着がはがされてしまっているため、包皮口さえ広がってしまえば包皮の冠状溝までの翻転が容易になります。
 以上のことを踏まえた私なりの包茎の定義と包皮を守る会を作った暁の会則の試案です。

包茎の定義(岩室案)
1. 「包茎」=「包皮が亀頭部を覆った(生理的な)状態」
  「半包茎」=「亀頭部の一部が常に露出した状態」
  「非包茎」=「亀頭部が常に露出した状態」
2. 「真性包茎」=「包皮を翻転しても外尿道口も亀頭部も見えない状態」
3. 「仮性包茎」=「包皮を翻転すると亀頭部が容易に冠状溝まで露出できる状態」
4. 「中途包茎」=「包皮を翻転すると(亀頭と包皮の癒着のため)亀頭部の一部しか露出できない状態」

包皮を守る会の会則
1. 包皮は切除しません
2. 包皮を切除しないためにできることをします
 バルーニングは包皮口が狭いために起こっているので包皮口を拡張します
 埋没陰茎は包皮口が狭く、一見「埋没」しているため包皮口を拡張します
 嵌頓包茎は包皮口が冠状溝に引っかかって狭くなった状態のため、包皮口を拡張します
 亀頭包皮炎を繰り返す場合は包皮内の清潔が保てない状態のため、包皮翻転指導を行い、包皮内の清潔を保ちます
 亀頭包皮炎を予防するためには包皮を翻転し、包皮内を清潔にすることが重要であることを啓発します
 保護者の意向は当事者の意向ではないため保護者には包皮の重要性を積極的に啓発します
3. 包茎は生理的な状態であり、その説明に際して「治癒」や「治す」といっ た表現は用いません

○『岩室の反省』
 これまで包茎に関して、いろんなメッセージを送り続けてきましたが、どのメッセージも岩室先生は必ず剥きなさいと受け止められていた感があります。もちろんむいて清潔にすることは大事だと思いますが、私自身は小児の包茎手術がなくなればいいと思っていました。そのことをより正確に伝えるメッセージが「包皮を守ろう」だと思いました。ぜひ包皮を守る会を設立し、守るために何をすべきかを考えて行きたいと思います。