紳也特急 121号

~今月のテーマ『自分を語る』~

●『HPVワクチンの混乱』
○『相手を知ることから』
●『自分を語る意味』
○『自分を語るとは』
●『公費負担でHPVワクチンを』

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●『HPVワクチンの混乱』
 前にも子宮頚がんの原因であるHPV(ヒトパピーローマウイルス)について少し書きましたが、ここに来てHPVワクチンの議論が活発化しています。セックスを経験した女性であればだれでも子宮頚部にHPVが感染する可能性があります。感染したHPVの大半は自然に消失しますが、ごく一部は持続的に感染し、子宮頚がんに進展します。細胞診やHPVを検査する早期発見の方法もありますが、ワクチンという予防方法の承認が近付くにつれて、ワクチンを誰に、どのようなルールの中で接種するかで混乱が起こっています。

積極派の意見
 ○せっかくの予防方法だからすべての女性(女の子)に接種する。
 ○中学生になると急速に性体験が増えるので10歳から12歳までの間を接種対象とする。
 ○保護者の判断や経済力にゆだねると、そもそも早くからセックスをする子供の家庭に問題があるので国として無責任。

慎重派の意見
 ○小学生に接種するということは中学生からのセックスを認めることになるから反対。
 慎重派の意見は、「他人事意識」の大人たちがHIV/AIDSの時にコンドームを教えるか否かでもめたと同じパターンの議論を今回もHPV/子宮頚がんで繰り返しているような気がします。どうしてこうなるのかというと、多くの人たちは他人事意識できれいごとを言っているからで、自分事として、自分の考えを、そもそも自分を語っていないからではないでしょうか。そこで今月のテーマを「自分を語る」としました。

『自分を語る』

○『相手を知ることから』
 8月末に浜松で開催された日本思春期学会のシンポジウムで性感染症の予防が取り上げられました。その中で私は「地域での性感染症予防ネットワークの構築の視点から」と題して話をさせていただきました。私の話の後にフロアから性感染症に一所懸命取り組んでいる先輩の医師から次のような指摘を受けました。「学校現場はエイズしか取り上げないが、エイズも性感染症の一つでしかないから『性感染症・エイズ』と扱うべきだがそのような視点がないからけしからない」と。このような声を聞く度に、これでは教育サイドとの連携は上手く行くはずもないと思えてなりません。
 今回の思春期学会の会場で中学校と高等学校の教科書を販売してもらいました。それは先の発言をした先生といい、学校現場の実情をほとんど勉強しないまま、批判だけを繰り返し、結局のところ連携を阻害している場合が少なくないからです。中学校の教科書の章だてを見ると、学研は「性感染症の予防/エイズ」、大日本図書は「エイズ」、「性感染症」、東京書籍は「性感染症」、「エイズの現状と予防」と「性感染症」ときちんと取り上げています。高校の教科書で最大手の大修館書店の最新保健体育では「性感染症・エイズの予防」となっており、学校の先生たちもHIV/AIDSが性感染症と同列に扱われるようになって教えやすくなったと口をそろえています。そのことを知らないととてもネットワークづくりはできませんよね。

●『自分を語る意味』
 ネットワークを広めるには相手の土俵に立てるかどうかも問われています。保健医療関係者が教育現場に入れないもう一つの理由は、生徒たちが聞きたい話ができないからです。最新の教科書を読めばわかりますが、多くの保健医療関係者が行うような話は既に教科書に記載されています。さらに最近の若者たちは自分たちが批判されていると思うと聞く耳を持たなくなります。直接本人を名指ししていなくても、例えば「コンドームを使わなかったから、検査を受けさせなかったからHIVに感染してしまったダメな人」というと、「自分だってコンドームをしないことがあるし、エイズ検査も受けたことがないので、この講師は俺みたいな、私みたいな人はどうせダメなやつと思っているんだろうな」と感じてしまいます。では悪者をつくらないためにはどうすればいいのでしょうか。
 日本思春期学会のシンポジウムでエイズ検査を受けた体験を若者に語っているという遠見才希子さんに「あなたはエイズ検査を受けたそうですが、クラミジアの検査を受けましたか」という質問がありました。その場で私も上手く反応できなかったのです(くやしい)が、「実は性感染症を語っている岩室紳也は何とクラミジアの検査を一度も受けたことがありません」ということを語ると性感染症の専門家でさえも受けていないクラミジアの検査の問題点が浮かび上がるのではないでしょうか。

○『自分を語るとは』
 ところが、私が「自分を語ることが大事」と発言したら、様々な反論が噴出しました。
 「自分の性生活を語れない人が多い」
 「教師が性教育に取り組めないのは『先生の初体験はいつ』といった質問が出ることを恐れている」
 「自分の性生活を語ることを押し付けるべきではない」
 「ここまでは語る。ここからは語らないという境界をはっきりすべき」
 おそらく「岩室さんはどのように自分の性生活を語っているのだろうか」と質問したかった人もいたのでしょうか。さらに「子どもの禁煙活動をしているが『自分の喫煙体験を語ると喫煙したくなる子が増える』という懸念がある」という質問まで出ました。
 このように次から次へと意見が噴出したこと自体が性教育の課題が整理されていない、多様性を認める必要性が理解されていないことの表れだと思いました。私が必ず言うのは「『純潔』、すなわち結婚するまで性体験を持たないことも素晴らしい選択肢です。もしそのような経験をお持ちの方はぜひそのことを、自分自身の体験として『だから私はこんなに幸せ』と語っていただけるとそれはそれですごく説得力があります」と。しかし、自分のことを棚に上げて言っても若者たちのこころには決して響きません。
 自分を語るというのは決して「自分の性体験を語る」ということではありません。なぜ、いま、性教育を一所懸命やっているのかを語るのも自分を語ることです。子どもが欲しいと思った時にエイズ検査を、性感染症の検査を受けなかった、考えもしなかった自分を語ることも大事なメッセージです。

●『公費負担でHPVワクチンを』
 男である岩室紳也が、それも54歳にもなった岩室紳也が自分のこととしてHPVワクチンを語るとどうなるでしょうか。もちろん私はHPVワクチンの接種対象ではありません。しかし、もし自分に孫、それも女の子の孫がいれば3万円から4万円するといわれているワクチンを接種するでしょう。幸い、岩室紳也はHPVワクチンの有用性と限界を理解し、経済的にもその金額であれば負担できます。それこそ「孫にとってはちょっと痛い、おじいちゃんからのプレゼント」ができます。
 いま、HPVワクチンを取り巻く議論は、どこか他人事ではないでしょうか。医学的な論点で大事なことは性体験の前に接種することです。

 私が考える接種年齢と接種方法の選択肢は
 1.12歳で集団接種をする
 2.10歳~12歳で任意(医療機関での)接種をする
 3.本人(家族)の希望があれば12歳以上でも個別接種可能とする
 私は1に賛成です。小学校高学年にもなると保護者が医療機関に連れていくとは思えないので集団接種がいいと考えています。
 もう一つ議論すべきは、HPVワクチンを公費負担の対象にするか否かです。経済的に負担できる人だけが接種できるようにするというのも一つの結論ですが、その選択肢が明確に示されていないのではないでしょうか。
 1.自費扱いにする
 2.公費負担にする
    a.費用は消費税でまかなう
  b.費用は所得税でまかなう
  c.費用は無駄の削減でまかなう
  d.費用は高速道路の値上げでまかなう
 私は2-aに賛成です。もちろん、受ける、受けないの最終判断は18歳までは保護者に判断してもらいます。こうやって国民投票を繰り返し、消費税で賄う事業が増えると自動的に消費税が上がっていくという仕組みができると面白いですよね。でもみんなが反対すると自動的にすべての問題が自己責任として自費で賄われる、富裕層の寿命だけが延びる国になるかもしれません。
 皆様はどう思われますか。やっぱり他人事ですか。