~今月のテーマ『経験しないとわからないこと』~
●『八ツ場ダムの工事現場を通って』
○『もしかして・・・・・』
●『感染経路と予防の不備は』
○『検査を受けるべきか、受けざるべきか』
●『水分補給で乗り切る』
○『新型インフルエンザで講演中止』
●『できることは積極的にしよう』
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●『八ツ場ダムの工事現場を通って』
百聞は一見にしかず。それを感じさせてくれたのが八ツ場(やんば)ダムの報道でした。
最近、テレビもデジタル化し、それこそ顔の皺までもが映し出されてしまうこのご時世だからこそ、テレビやネットで流されている映像は実際の現場の状況を忠実に描き出しているように感じてしまいます。しかし、どんなに素敵な旅行番組を見てその映像に感動しても、実際に現地を訪れてテレビ画面と同じような情景が目の前に拡がっていても、現地で受ける感動は到底テレビ画面の比ではありません。
最近話題になっている八ツ場ダムがある群馬県長野原町はその周辺の嬬恋村、草津町を含め、私自身、何度も訪れている地域です。この原稿も高崎と長野原町をつなぐ吾妻線の電車の中で書き始めました。吾妻線を川沿いに走っているとテレビで度々報道されている巨大な橋げたが見えてきます。いずれはダムの水面を眼下に見ながら通ることになるのだろうなと思って見ていた光景が、実は全く違ったものになるのでしょうね。民主党のマニフェスト通り八ツ場ダムの工事が中断されると、ダム湖を見下ろす道路の橋げたになるはずだった建造物がなぜかきれいなせせらぎの上にで~んとそびえ立つことになります。ダムを見下ろす位置にあるはずだった施設はただ深~い谷を見下ろすだけです。その光景を見ていて、神奈川県にできた宮ケ瀬ダムを思い出していました。
平成13年に完成した宮ケ瀬ダム関連の工事は私が医者になって間もない頃に赴任していた神奈川県の青野原診療所の近くで進んでいました。その頃の光景はまるで今の長野原町の八ツ場ダムの建設現場と同じでしたので、宮ケ瀬ダムの工事現場を完成前から何度も通り、完成後も何度も訪れる中でダムがもたらす地域の変化の大きさに圧倒された経験を通して八ツ場ダムの問題を少しは身近に、リアリティをもって感じられていると思います。もし八ツ場ダムの本体工事が完成しないまま、周辺整備だけが行われたとしたらかなりいびつな光景が残ることは容易に想像できます。結果はともかく、八ツ場ダムだけではなく、宮ケ瀬ダムの経験も比較しながら今後の方向性を模索してもらいたいものです。
経験しないとわからないことは少なくありません。おそらく今全国で経験を分かち合いながら多くの人が苦労している問題が「新型インフルエンザ」ではないでしょうか。実際、岩室紳也がつい最近38℃超の発熱を経験した中で感じたこと、考えたことを、行動したことを通して新型インフルエンザについてあらためて考えさせられました。そこで今月のテーマを「経験しないとわからないこと」としました。
『経験しないとわからないこと』
○『もしかして・・・・・』
皆さんははじめての秋の大型連休、シルバーウィークはどう過ごされましたか。私は何本かの原稿書きと中華料理を楽しんだだけのはずでしたが、一つだけ面白い体験をさせてもらいました。
ある朝、何となくからだがだるく、何となくぼーっとしていたのですが、この時期にそのような体調になったら皆さんはどうしますか。額に手を当て、熱を計りますか。そんなの当たり前? 新型インフルエンザが流行しているこの時期であればそう思い行動する人が多いのかも知れませんが、出かける予定もない私の中では何事もなかったようにその日はやり過ごされました。晩酌のお酒はそれなりに美味しく、「酒がおいしければ大丈夫」とわけのわからない言いわけをしている自分がいました。
ところが翌日になってやはりどこかおかしい。のどが痛いというほどでもなく、頭痛もなく、鼻水も出ない。普段から乾いた咳が時々出ているのですが、その時はむしろ咳は気にならないほどでした。でも体のだるさだけはいつもと明らかに違うので額に手を当ててみると「やばい!」。早速何年も使ったことがない水銀体温計をわきに挟んでみると、何と「38℃超!!!」。もしかして新型インフルエンザと思っていたら相前後して下痢がはじまりました。
発熱38℃ 、咳、咽頭痛、鼻汁鼻閉、頭痛、下痢は神戸市や大阪市で報告された新型インフルエンザの患者さんで症状が多かった順です。熱が38℃を超えない人も1割以上いますし、下痢を訴える人も2割弱いたようです。われわれ医者が病気を診断する際に、すごく多い症状はもちろんのこと、症状が出る確率が少なくても、その病気の診断の助けとなる症状はきちんと覚えることで誤診をなくそうと考えています。38℃超の熱と下痢は新型インフルエンザ感染を疑う立派な症状と判断しました。
●『感染経路と予防の不備は』
手洗いでの接触感染予防はそれなりにできていたと思います。このシルバーウィークで一緒に行動した人で感染した人はいません。で、何で私が???? 最近、車での移動が多く、以前であれば大勢の人と接する中で、結果的には少量の病原体(インフルエンザウイルス)をもらって免疫力を着けていたのが、車での移動だとそのようなチャンスはありません。
感染経路として強く考えられる場所はどこか。久しぶりに外食した中華料理だったのかと思いました。今回食べた中華料理はほぼ全ての料理は加熱処理されていました。もちろん一緒に食事をした人の中で同様の症状が出た人はいませんので食中毒とは考えにくいと思っています。しかし、この店の料理は一人ずつちゃんととり分けられているため、逆に取り分けてくれる人がいることがリスクだったのかと思いました。食事中に多くの人が触った食器等を触る中で、自らの手にウイルスが接触したとすればそこでの感染は十分考えられます。
○『検査を受けるべきか、受けざるべきか』
シルバーウィーク中とはいえ、休日診療所に行かなくても自分が勤務している病院まで車で30分程で行けますので、救急外来で新型インフルエンザの検査をし、タミフルをもらって帰ってくることもできました。「いいわね、お医者さんは休日での安心」と思うでしょうが、私は病院には向かいませんでした。
検査を受けて新型インフルエンザに感染していたらタミフルを飲んで早く楽になればいい。単純にそう思う人はいるかもしれませんが、タミフルは本当に安全なのでしょうか。今回の新型インフルエンザは合併症を抱えている人は重症化しやすいことは繰り返し伝えられていましたが、合併症がない人がタミフル服用後に亡くなるという報告がありました。もちろんタミフルとの因果関係はわかりませんが、「タミフル薬害」なる本も出版される中で、われわれ医者は薬の副作用ともっときちんと向き合わなければならないことは実はHIV/AIDS診療の中で繰り返し学ばせてもらっています。
HIVに感染している母親から生まれるお子さんのHIV感染予防がほぼ確実にできるようになった中で、日本国内でいままで生まれてきた400人を超えるお子さんの中の2人が乳児期に突然死をしています。その内の1例は日本エイズ学会でも報告されていますが、お母さんに基準通りに投与されていた薬が予想以上に高濃度にお子さんに移行していたことがわかった私の患者さんでした。死因との直接的な関連は不明ですが、薬の思わぬ副作用があり得ることを考えてデータをとり続けることが必要です。
同じような経験を研修医時代にもしています。ある年配の患者さんが突然意識を失ったため、当たり前のように血糖値を調べると低血糖だったのでその治療で行い事なきを得たのですが、実は低血糖の原因が当時ほとんど認識されていなかったある不整脈の治療薬の副作用でした。しかし、残念ながら今回、新型インフルエンザと診断された方がタミフル服用後に突然死されているにも関わらず、その死因について「現在精査中」という報告ではなく、それこそ突然死と片づけられているようです。54歳の私が新型インフルエンザで重症化する確率と、未だによくわかっていないタミフルの副作用を天秤にかけ、タミフルは服用しないと決め、当然のことながら検査も受けにはいきませんでした。
●『水分補給で乗り切る』
インフルエンザに限らず、熱が出る病気の場合、一番気をつけたいのが体の水分が不足する脱水です。脱水になると肺炎をはじめ、様々な合併症を起こしてしまいますのでとにかく水分をいっぱい取ることにしました。ところが病院で患者さんの水分補給が十分かどうかは点滴がどれだけ入り、それに対してどれだけ尿が出ているかをみて判断します。そこでとにかく水分(もちろんアルコールなしの)を気が付けば飲むようにし、一日に食事以外で2リットル以上はとるようにしていました。夜中もペットボトルに水を入れて枕元に置いて目が覚めたら飲むようにしていました。その結果、夜中中ほぼ1時間おきに飲んではトイレに行って毎回100~200cc程度の尿量を確保していました。
確かに夜中に何度も起きて水分補給をするくらいならタミフルを飲んで早く楽になればいいとここまで読んで思う方もいると思います。タミフルは確かに「飲む度に熱が下がる」と言われるほど発熱期間は短縮できるようです。私自身もインフルエンザ脳症といった言葉を知らないわけでもないのでいろんなことを考えましたが、夜中に何度も起きることで自分の状態を確認するだけではなく、結果的には隣で寝ているパートナーも起こしてしまうのですが、起こすことでとりあえず大丈夫だということを確認してもらっている感じもしました。
翌日の熱はあまり変わらない状況でしたが、逆にこれならインフルエンザ間違いなしと思ったもののさて困るのが仕事でした。
○『新型インフルエンザで講演中止』
夏休み以降、全国各地で新型インフルエンザによる学級閉鎖、学校閉鎖が続き、シルバーウィークが始まる直前にシルバーウィーク明けの講演が学校の都合で中止になっていました。学校側からの中止依頼がなければさてどうしていたのだろうかと考えたものの仕事はそれ一つだけではありませんでした。その翌日にも20人程度ですが大人が集まる研修会が開催され、そこで講師を務めることになっていました。朝起きても37℃半ばの熱がある中で、選択肢は、(1)病院に行って新型ではないと確認して熱を押して研修会に出る。(2)病院に行って新型と確認して研修会を中止する。(3)このまま研修会を中止する。(4)だまって研修会に出席する。一応、選択肢を列挙してみたものの、研修会の参加者が地域で高齢者支援を行っている人たちだったので、その人たちの間に万が一でも新型インフルエンザを持ち込むことはもちろんのこと、それ以外の病原体だとしても、まだ感染させる可能性がある時期に研修会の講師を務めることは問題だと思い中止をお願いしました。
その翌日には熱も37℃以下になっていたのですが、この日は私が主催しなければならない研究班の会議が予定されていました。とりあえず集まった公衆衛生関係者の皆さんと現時点での新型インフルエンザの情報交換をしながら、私のシルバーウィークの状況を話したところ、症状がないこと、発熱が収まっていることから感染リスクは低いとの判断もあったでしょうが、冗談で「今のうちに感染しておいた方がいいかも」といった発言まで飛び出す状況でした。
●『できることは積極的にしよう』
シルバーウィークのおかげで私のHIV/AIDS外来は2週間ぶりになりました。幸いすっかり良くなっていたものの、やはり免疫力が低下しているHIV/AIDSの患者さんたちを診察するには自分自身が万全の状態でいたいというのが医者の習性でしょうか。外来の朝に看護師さんに「インフルエンザの検査キットを持ってきてもらえますか」と経緯を含めて話をし、陰性、すなわち、その時点でインフルエンザの反応が出ていないことを確認して安心して外来業務に従事しました。
「何だ、結局感染していなかったの」というのが結論ではありません。感染していたのかもしれません。していなかったのかもしれません。ただ、いずれにせよいろんな場面で判断を迫られ、自分自身が行動しなければならないことが多々あることを思い知らされました。と同時に、やっぱり一緒にいて療養を支えてくれる人の存在は大きいと改めて実感させられた一週間でした。お子さんがインフルエンザになっても一人で寝かせるなんてしないでくださいね。