紳也特急 133号

~今月のテーマ『児童虐待は誰の責任?!?』~

●『HPVワクチン狂想曲?』
○『「司法モデル」から「医療モデル」へ』
●『児童虐待は「福祉モデル」?』
○『「生活モデル」対応の主体は』
●『保健師への期待』
○『健康なくに』

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●『HPVワクチン狂想曲?』
8月末に北海道小樽市で日本思春期学会が開催されました。面白かったのは何よりHPVワクチンに関するものが「これでもか」「これでもか」と続いたことでした。昼食時のランチョンセミナーは二つともHPVワクチン関連。一般演題に加え、特別講演、シンポジウムと、まるでHPVだけが思春期の問題であるかのような感じでした。国がワクチン接種の普及に150億円を予算計上するといった報道もあり、われこそがHPVに関心を持ち、われこそがその先鞭をつけているといわんばかりの怖い印象でした(笑)。さらに、それまで学校との連携や、性教育に全くと言ってかかわったことがない人たちが、「学校ではもっと積極的に性教育をして欲しい」とか、「タバコを含めた健康教育をして欲しい」と声高に叫んでおられました。
学校現場は性教育にしても、タバコに関する健康教育はちゃんとしているのに不勉強な人たちがせっかくこれまで教育現場と保健医療現場が築き上げた関係性を壊してしまいそうな勢いでした。確かにその人たちは自分自身が学生時代に性教育やタバコに関する教育を受けた覚えがない人たちなので、「今でも同じだろう」と思ってしまうのも無理はないかもしれません。しかし、批判をするからにはもう少し相手の状況をきちんと知った上で声を出してもらいたいものです。
同じように現状を理解されないまま批判の矢面に立っているのが児童相談所ではないでしょうか。虐待が疑われたら児童相談所に通報したり、相談したりして欲しいという情報だけは行きわたってきましたが、そもそも児童相談所につながるきっかけがないまま亡くなっている子どもたちが少なくありません。先日、大阪で亡くなった2人の子どもたちの痛ましい状況を知るにつれて、「母親がいけない」とか、「祖父母はどうして気が付かなかったのか」、「児童相談所は何をしていたのか」といった犯人探しが過熱しています。思春期学会の発表でも若年妊婦さんの親も若年妊婦さんで、同じことが繰り返されているといった、結局その家族に問題があるかのような発表や討論がいくつもありました。
では、トラブルを引き起こす、トラブルに巻き込まれる人たちを、どのように未然にトラブルから救ってあげればいいのでしょうか。少し重たいテーマですが、今月は「児童虐待は誰の責任?!?」を考えてみました。

『児童虐待は誰の責任?!?』

○『「司法モデル」から「医療モデル」へ』
児童虐待をしてはいけません。子どもにはちゃんと食事を食べさせましょう。このようなことは児童虐待をしていない人にとっては当たり前のことです。では児童虐待をしている人としていない人の違いは何でしょうか。東京未来大学の春日武彦先生は「児童虐待はこころの病」とおっしゃっていました。日本思春期学会で国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所の嶋根卓也先生が、「これからは薬物乱用問題については『司法モデル』ではなく『医療モデル』で取り組むべきだ」とおっしゃいました。
わかりやすく言うと、薬物乱用問題を「犯罪」と見て、その解決策を「罰」に求めるだけでは再犯も予防も進まないけど、「医療」という視点で、薬物依存に至る原因を解明し、医療で治療をするという考え方を浸透させるべきだという発想です。実際に嶋根先生が行っておられることは「医療モデル」を通り越し、「生活モデル」、すなわち医療の中で解決するのではなく、その人たちの地域での生活全般を支援されていました。

●『児童虐待は「福祉モデル」?』
では児童虐待はどのようにとらえられ、どのような対応がされているでしょうか。先般、大阪で起こった不幸な事件は母親が逮捕されるという「司法モデル」での対応が中心となっています。しかし、一般的に児童虐待が問題になるとすぐ標的となるのが「児童相談所」や関わっていた機関です。マスコミの論調も「児童相談所が立ち入り調査を行えば防げた」とか、「学校の担任がもっと早く子どもの異常に気がついて児童相談所に通報していれば防げた」というように、誰かの責任にして話をまとめようとしています。しかし、児童相談所の実情を知っている人であれば、とてもじゃないですが対応に文句は言えないはずです。もちろん人手不足の児童相談所も多々ありますが、では職員を増員したら問題が解決するのでしょうか。答えはNoです。そもそも児童虐待を「早期発見」「早期通報」で対応しようとする発想は、児童虐待の予防を放棄していることになります。さらに健康づくりの分野が行ってきた「医療モデル」での、ハイリスクな人たちだけをターゲットとした健康づくりの失敗に学んでいません。
Wikipediaによれば、児童相談所は、児童福祉法第12条に基づき、各都道府県に設けられた児童福祉の専門機関。業務の内容は児童に関する様々な問題について、家庭や学校などからの相談に応じ、児童及びその家庭につき、必要な調査並びに医学的、心理学的、教育学的、社会学的及び精神保健上の判定を行い、必要に応じて児童の一時保護を行うとされています。主な相談は、養護相談 父母の家出、死亡、離婚、入院などによる養育困難、被虐待児、非行相談 虚言、家出、浪費癖、性的な逸脱、触法行為、不登校などです。すなわち、児童相談所はあくまでもトラブルを抱えてしまった人たちへの支援を目的とした機関です。病気になった後に面倒を診てくれる医療機関のような存在です。その存在は非常に大事ですが、児童虐待事後フォロー機関であり、その動きは困難な状況に対して何らかの手を差し伸べる「福祉モデル」と言えるものです。

○『「生活モデル」対応の主体は』
保健医療関係者は生活習慣病対策を一所懸命やってくる中で、医療モデル、すなわち診断(検診)・から適切な治療(健康教育)に結び付けようとしても、生活習慣を大きく変えられる人は少なく、むしろ生活の中の様々なことに対してアプローチする「生活モデル」での対応を行うことが急がば廻れとなることを学習してきました。児童虐待対策で児童相談所が果たす役割は大変大きく、「福祉モデル」での対応は緊急避難的にも不可欠です。しかし、そもそも児童虐待が起こるのは、保護者だけの問題ではなく、社会全体に蔓延している関係性の喪失からくる孤立やストレスの蓄積、さらにはそもそも「命」を実感できていない人たちの増加といった様々なリスクが重なった結果です。実際に2人のお子さんが亡くなったマンションでは、若い居住者たち同士が交流するような取り組みを始めています。このように生活の、社会の中に蔓延している様々なリスクや困難に対して積極的に声を上げ、対応策の必要性を訴えられる職種は何でしょうか。誰が、虐待相談件数が増え続けている状況にストップをかけられるのでしょうか。私は「保健師」を置いて他にいないと思っています。

●『保健師への期待』
保健師という職種を知らない方もいるでしょうから、簡単に紹介します。以前は看護師を養成する学校を卒業した人たちが看護師の国家試験を受かった後、保健師の資格が取れる学校で1年間学んで保健師の国家試験に合格して資格を取っていました。今は、4年制の大学の看護学部を卒業し、両方の国家試験に受かった人たちに保健師という免許が交付されます。保健師という資格が始まった経緯は知りませんが、少なくとも医療機関の中で医療や看護を提供するだけでは様々な病気が予防できないことは容易に想像できます。そのため、保健師さんたちが地域の中で、住民の方々に「保健指導」や「健康教育」といった活動を行っていました。
しかし、児童虐待、薬物乱用、生活習慣病に巻き込まれている人たちは何をしてはいけないのかを知っているにも関わらず、その状況を変えられないのです。少なくとも保健師さんたちは、過去に生活習慣病対策をやってくる中で、後追い的な医療モデルでの対応ではなく、生活モデルでの対応が必要だということを肌で知っているはずです。ぜひ、保健師さんたちが今まで培ってきたノウハウを児童虐待対策の中で発揮し、増え続けている児童虐待相談
件数を下げる方向に持って行ってください。今のままだと、厳しい言い方をすれば「児童虐待が増えるのは保健師の怠慢」とも言えます。保健師さんたちは、ぜひ「児童虐待の予防は私たちの仕事です。地域の人たちを動かし、児童虐待を未然に防ぐような取り組みは任せておいてください」と言ってもらいたいですね。ハイリスクな人たちへのアプローチだけではあまり多くの成果が期待できないことを知っているにも関わらず、「育児不安はありますか」といった問診だけで児童虐待対策をしているつもりになっていたら、それこそ、いま、一部の看護師さんたち(といってもすごく力がある偉い看護師さんたち)が言っているように、保健師という免許がなくなる世の中になりますよ(苦笑)。

○『健康なくに』
今まで、私はエイズや思春期に関する本は書かせていただきましたが、この度、仲間の先生たちの力を借りて、健康づくりの基盤整備、関係性の再構築、「生活モデル」を意識した本、「健康なくに」(医療文化社)を出しました。人と人との関係性が希薄化しているいま、健康づくりを、地域づくりをどのような視点で考えればいいかを紹介しています。ご一読いただければ幸いです。

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