紳也特急 136号

~今月のテーマ『伝えたいこと、伝わること』~

●『日本エイズ学会雑感』
○『言葉(用語)の説明が必要』
●『PowerPointでは伝わらない』
○『MSMをどう伝えるか』
●『コンドーム柄のネクタイに思いを込めて』
○『女は赤ちゃんを産む道具???』
●『洗わない包茎は女性のHPV感染の原因に』
○『伝えたいことを伝わるように』

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●『日本エイズ学会雑感』
 日本エイズ学会が11月24日~26日、東京で開催されました。日進月歩の医療の分野では、新薬の副作用の少なさが報告される一方で、海外ではかねてから問題視されている骨がもろくなる「骨軟化症」で実際に骨折したり、大腿骨頭壊死といったトラブルが起こったりしているとの報告も目立つなど、長期療養には様々な問題が立ちはだかっている現実を突き付けられました。「HIVの治療薬が進歩しているので、HIVに感染しても早期に発見すればAIDSを発症せず、天寿を全うできるようになりました」といった安易なメッセージを送ってはいけないと感じました。
 もう一つ興味深かったのが性感染症学会との合同シンポジウムでした。私自身、両方の学会に所属し、臨床の場面では泌尿器科医として淋菌性尿道炎やクラミジア性尿道炎を診ていますし、HIV/AIDSの診療もしていますし、MSM(Men who have Sex with Men:男性とセックスをする男性)が感染する肛門・直腸尖圭コンジローマの診察もしていますし、当たり前のようにシンポジウムで指摘された肛門の尖圭コンジローマの患者さんの直腸内の診察もしています。ただ、淋菌性、クラミジア性尿道炎も、HIV/AIDSも、肛門・直腸尖圭コンジローマも同じくSTI(性感染)に分類されるものの、泌尿器科医として診ている尿道炎の患者さんの中でMSMの人はまず出会いません。また、HIV/AIDSを最初に自分が診断するという経験は一度もありません(保健所や他科で診断がついた人たちが紹介されてきます)。MSMを診ているから肛門・直腸尖圭コンジローマを発見しますし、紹介されてきますし、紹介してきた先生の所でコンジローマとHIVが合併していたというケースは経験しています。しかし、今回の合同シンポジウムでは、なぜかSTIという名の下で「どうやれば泌尿器科医がHIV/AIDSを診断できるか」といった議論がされていました。もちろん私は梅毒や肛門の尖圭コンジローマを診断した時はHIVの検査もしますが、どちらも泌尿器科医があまり診ないSTIですので、STIといっても十羽一絡げにして考えるのは間違っているようです。
 余談ですが、私の患者さんで尖圭コンジローマには感染したけどHIVには感染しなかったという方は「岩室先生のコンドームの話を中学の時に聞いたのでコンドームは必ず使っていました」と言ってくれました。コンドームを使っていればHIV感染は予防できますが、コンドームは必ずしも尖圭コンジローマの予防にはなりません。HIVが予防できたからよかったと考えるべきか迷うところですが、結局のところ、HIV感染予防のための普及啓発がますます重要になっていることは間違いありません。
 一方で日本エイズ学会では予防啓発に関する発表が激減していました。私自身も発表していないので偉そうなことは言えませんが、結局のところアンケート結果を含めた「評価」を入れない学会発表をすると、フロアから「で、どのようにその効果を評価したのですか」と突っ込まれるからでしょうか。普及啓発の効果の評価も大事なのでしょうが、その評価方法が難しい中で、「評価」を求める声が強くなればなるほど、発表だけではなく、議論も減り、気が付けばそれぞれが勝手に自己流の活動を地域でやってしまうリスクがあると思いました。そこで、今月のテーマを「伝えたいこと、伝わること」としてみました。

『伝えたいこと、伝わること』

○『言葉(用語)の説明が必要』
 私のメルマガを読んだ医療系の学校で教えている先生から次のようなメールをいただきました。
 以前は、それほど丁寧に確認しなくても、学生の頷きや表情で彼らが理解していることが感じられました。しかし、最近の授業では、無反応であったり、怪訝そうな表情であったりするのです。さらに気づいたことは言葉(用語)の説明が多くなったことです。伝えたい内容がちゃんとわかっているか確認するために黒板にその単語を書き出して、数名に「わかる?」「知ってる?」とたずねると、「わからない」「聞いたことがない」という返事を返されることがしばしばあります。説明する言葉の説明をしないと本来伝えたい専門の内容には至りません。もうひとつ気になるのが、学生がテキストを読み上げる言葉は音読みが少ない(できない?)ということです。たとえば、「観察時には○○に注意して」の「観察時」を「かんさつどき」と読みます。他にも、熟語の読み方が訓読みの場合が多く音声言語で伝えにくい音読みの言語の理解が乏しいのではないかと感じていました。音読みで読む熟語というのは聞いただけでは理解しにくいものが多いと思います。先生のメルマガにもありましたが、「しんや」と耳から聞いたら「深夜」なのか「紳也」なのかはわかりません。その前後の言葉の並びから「ああ、人名か」とか「夜中のことか」と理解していくのだと思います。その力が弱いと思います。
 「先日、岩室紳也先生の講演を聴講してきたのですが・・・」と耳から聞くと、普通の学生は私が伝えたい通りに理解していますが、それ以外の人には「せんじつ、いわむろしんや先生のこうえんをちょうこうして・・・」となり、「●●、いわむろしんや先生の公園を●●して」と頭の中にはわけのわからない事象がつくりあげられその結果「わからな~い」になるのではないかと思います。きっと「この前、岩室紳也先生というお医者さんのお話しを聞いてきたんだけどね。」と言うと伝わりやすいのでしょう。・・・まるで小学生に話して聞かせるような感じです。
 専門用語は難しい音読み熟語の連続です。学生が「勉強つまらない。難しい。」と嘆くのは本を読まない(漫画すら見ないという学生もいます)。ボキャブラリーが少ないことと、現象を理解する力が落ちていること、絵文字に頼ったあいまいな表現に慣れてしまっていることなど、いろいろあると思います。
 学生はPowerPoint大好きです。わかったような気になるようです。しかし後にはほとんど残っていません。授業後に試験をすると一目瞭然、板書した講義とPowerPoint使用の講義では結果が違います。PPの使いかたの工夫をせざるをえません。講義するのはPowerPointの方が楽なのですが。

●『PowerPointでは伝わらない』
 「PowerPointはわかったような気になる」というのは本当ですね。私は大人向けの講演では必ずPowerPointを使っています。それは「資料が欲しい」という声が少なくないので「PowerPointをさし上げますのでどうぞ私のメッセージをあなた様なりに加工して、周囲にお伝えください」という思いを込めてです。ただ、最近、いろんな人に「他人のPowerPointは使えないですね」と言われます。私の講演を聞き、後でPowerPointを見てみると、わかったような気になっていたことを、いざ自分が伝えようとしても、資料(PowerPoint)があっても伝えられないものです。

○『MSMをどう伝えるか』
 「男の20人に1人はゲイ。ゲイだと妊娠しないから『コンドームを使おう』って言えない。言ったら『お前病気持ち? それとも俺を疑っているのか?』という会話になってしまう」というメッセージを伝えるだけで次のような感想がもらえます。
 エイズは保健の授業で中学の頃に受けたり、高校の授業でも丁度受けています。性交や薬物の廻し打ち、輸血によって人から人へ感染してしますこのウイルスはとても怖いものだと感じていました。ですが今回の講演によってエイズが決して他人事ではない、自分にも感染する確率があると知り、ますます身近なものに感じ、恐怖や不安が多くなりました。実際、中学の頃の男友達が男子を好きになっていたという光景を生で見ている自分にとって、今日のお話はすごくその人のことを思い出させられました。今はその友達と学校が違い、どこでどのような人を好きになっているのかわかりません。ですが、僕はその人が、その人らしい生き方をしてもらいたいと願っています。(高一男子)

●『コンドーム柄のネクタイに思いを込めて』
 「このネクタイの柄、何かわかる?」
 「コンドームだ(大笑い)」
 「今まで診てきた100人のHIV/AIDSの患者さんの内、92人がセックスで感染。感染するセックスの際に(ネクタイを持って)これ(コンドーム)さえ着けていれば私の患者にならずに済んだし、何人もの人が死なずに済んだはず」。生徒向けに必ず話すメッセージです。
 はじめ、コンドームが描かれているネクタイをつけ、生徒たちに話しているのを見て、「なんでこんなものつけてるんだろ。ふざけてるのかな」と正直本気で思ってしまいました。でも、そのネクタイをつけるようになった理由や、そこから広がったエイズについてのお話。エイズを防ぐ上でいかにコンドームの存在が大事であるか、聞いていくうちにわかってきて、先生のつけていらっしゃるそのネクタイを、これからもつけて欲しいという気持ちに変わりました!!(高一女子)

○『女は赤ちゃんを産む道具???』
 いつも話をしに来てくれる先生達は同じことばっかり言って、はっきり言って耳にタコができていましたが、今日は最初から最後までユーモアにインタビューなどを混ぜて楽しく話してくれたのでしっかり聞くことができました。(生徒からの「女は赤ちゃんを産む道具という意見があるようですがどう思いますか」という質問に対しての発言について)女の子は赤ちゃんを「産む道具」じゃなくて「産める存在」という言葉が心に残りました。望んだ風に赤ちゃんが生まれてくることを願います(高二女子)
 政治家の発言が新聞等で取り上げられていたのに敏感に反応した質問でした。言葉尻をとらえたマスコミ報道にはいろんな思いがありますが、このように生徒さんたちとキャッチボールをするきっかけをくれていると思えば、それはそれで意味があるのでしょうか。

●『洗わない包茎は女性のHPV感染の原因に』
 かぶれば包茎、むければOK。このメッセージはつい最近まで男性向けのものでした。しかし、今は包皮をむいて洗っていないと、男性は亀頭部や包皮内に住みつくHPVで陰茎がんになり、そのHPVが原因でパートナーの女性が子宮頸がんになります。むいて、洗って、また戻す。ぜひ男性はこれを徹底し、女性も自分のパートナーに伝えましょう。このようにメッセージに幅を持たせたところ女の子の関心が高まりました。
 最後の「ホウケイ」の話。そう言えばうちのおかん、よく兄が風呂になるとき、「必ずむけ」って言っていました。やっぱり母ちゃんはスゴイ。そんなことをあらためて考えました。(高一女子)

○『伝えたいことを伝わるように』
 いろんな学校に話に行くと、その学校なりの、その学年なりの反応があります。「この学年はどんな講演でもシラーッとしています。失礼な態度になることをお許しください」と言われていたのにすごく乗りがいいこともあります。面白い感想文も、楽しい反応もあくまでもこちらの思いが伝わったからの反応です。伝えたいことがあれば、それが伝わるようにこれからも創意工夫を重ねたいと思います。
 12月1日が世界エイズデー。今年もこの日の前後に様々なHIV/AIDS関連のイベントが行われています。全国ネットのFMのネットワーク、JFNネットワークでは恒例の「THINK ABOUT AIDS」を放送します。HPのトップに番組放送時間を掲載しています。12月4日23時30分からラジオのニッポン放送(全国37局ネットで生放送)「福山雅治のオールナイトニッポン 魂のラジオ」も聞いてください。よろしくお願いします。