紳也特急 174号

~今月のテーマ『ノロウイルス』~

○『子どもの食べ歩き』
●『なぜ冬場に流行するか』
○『二枚貝とノロウイルス』
●『牡蠣とホタテの食べ方の違い』
○『「生食用」と「加熱用」の違い』
●『無意味な啓発はやめたい』
○『症状がない感染者』
●『手で蛇口を触らない環境づくりを』

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○『子どもの食べ歩き』
 スナック菓子を食べながらエレベーターに乗り込んできた4歳ぐらいの子どもがエレベーターの壁に触ったり、手すりにつかまったりしてはスナック菓子を手でつかんでは口に運んでいました。その光景を見て思わず両親の顔を見てしまったのですが、ごく普通の、というかエレベーターに乗る際に扉が閉まるのを防いだら挨拶をし、降りる際にも会釈をする礼儀正しい方たちでした。どうしてこう思ったのかわかりますか。
 思わず「ノロ」という言葉を思い浮かべていました。昨今、マスコミで様々な報道がされていますが、日本人は本当に感染症と上手に付き合うことが出来ないんだなと思い知らされたので、今月のテーマをずばり「ノロウイルス」としました。

『ノロウイルス』

●『なぜ冬場に流行するか』
 ノロウイルスによる感染性胃腸炎が冬場に流行することはもはや常識ですが、なぜ冬場に流行するのでしょうか。ノロウイルスが流行する環境が冬場にあるからです。感染症を理解する上で重要になるのが、そもそもノロウイルスがどこにいて、どうやって人に感染するかということです。最近の報道で犯人探しが繰り返されているように、感染している人間が問題だとすると感染している人間が冬場増える理由を考えなければなりません。
 ズバリ「牡蠣(かき)」が原因です。牡蠣の旬、一番牡蠣がおいしく、スーパーなどに出回るのが冬場です。読者の方でこの冬に牡蠣を食べられた方はどれだけいるでしょうか。そうなのです。あなたもノロウイルスに感染しているかもしれません。しかし、牡蠣をほとんど食べない時期であってもノロウイルスによる感染性胃腸炎が起きています。これはノロウイルスが牡蠣以外に、年中人に感染する経路を持っているということです。

○『二枚貝とノロウイルス』
 牡蠣だけがノロウイルスを持っているのではありません。二枚貝であるアサリ、ハマグリ、シジミ、ホタテなどもノロウイルスを持っています。これらの二枚貝はプランクトンを食べて生きているのですが、そのプランクトンと一緒にノロウイルスを食べてノロウイルスに感染します。正確に言うと中腸腺という人間で言えば腸のようなところにノロウイルスを蓄えています。いろんな二枚貝があるにも関わらず、牡蠣以外の二枚貝が問題にならないのはそれらの食べ方の問題です。
 アサリもハマグリもシジミも生で食べませんのでノロウイルスを持っていたとしても加熱して食べた人は感染しません。しかし、アサリなどの砂抜きをした水にはノロウイルスがいます。その水を触った手を洗わずに生で食べるレタスサラダを作ったらどうなりますか。レタスにノロウイルスが付着して、サラダでノロウイルス食中毒ということがおこります。

●『牡蠣とホタテの食べ方の違い』
 「でもホタテは生で食べるけど大丈夫ですよね」と思った方もいるでしょう。牡蠣とホタテの食べ方の違いを考えてみてください。ノロウイルスは貝の中腸腺にいます。生牡蠣は中腸腺を含めた牡蠣の殻以外の全てを食べますが、一般的にホタテは貝柱とヒモと呼ばれる所だけを生で食べますがこれらにはノロウイルスはいません。ホタテの中腸腺は貝柱の周りにある黒っぽいところです。ここはさすがに生では食べませんよね。すなわち、牡蠣はノロウイルスが入っている中腸腺を生で食べているから感染してしまいます。

○『「生食用」と「加熱用」の違い』
 スーパーで牡蠣を買うと「生食用」と書かれたのと「加熱用」と書かれたのが売られていることは知っていると思います。ではその違い、基準を知っていますか。
「生食用カキ」の食品衛生法上の基準はノロウイルスということへの認識がない中で作られていますので、ノロウイルスについては業者任せになっています。しかし、業者の姿勢、基準も牡蠣の産地で異なります。
 北海道厚岸産の牡蠣は、紫外線を照射して殺菌された清浄海水の中で48時間蓄養しているとのことです。
http://jf-akkeshi.com/guide/guide02.html
 岩手県漁連では生食用牡蠣の生産地は山田地区、気仙地区、上閉伊地区とした上で、以下の安全策をとっています。。
◆24時間以上かけて殺菌海水により浄化したものを選別、梱包のうえ出荷しています。
◆採取海域ごとにノロウイルスの検査を毎週実施しています。
◆疑陽性(陽性)の場合は、出荷を自粛し、再検査のうえ陰性を確認し出荷しています。
http://www.jfiwategyoren.or.jp/kaki.files/kakit3.htm
 「広島かきかき鮮魚村では安易に生食をすすめません。お客様の健康を第一に考え、加熱してからのお召し上がりをおすすめ致します。」というように良心的に書いています。すなわち、生食用として出荷する牡蠣については川から海に流れ込む生活廃水等のことを考え、清浄海域(生食用指定海域)というのを設けています。これは結構科学的にも納得できる説明です
http://www.galaxycore.jp/kakikaki_kaki_tyudoku.html
 結局のところ、完全にノロフリーな牡蠣は存在しないので、食べたい人はそのことを覚悟して食べましょう。ちなみに、私は高校生の頃にタイで生牡蠣を食べ、帰国の飛行機の中でかなり長時間トイレにいた記憶があります。しかし、それ以降一度も生牡蠣で下痢したことはありません。ただ運が良かっただけでしょう。

●『無意味な啓発はやめたい』
 よくマスコミは「吐いたものの処理の仕方」を一所懸命説明していますがもう少し実用的な報道をして欲しいものです。一番びっくりしたのが、ノロウイルスの集団食中毒が出た学校で教員が手袋だけで便器やドアノブなどを拭いて消毒していたことでした。そんなことをしても次に便器を、トイレを使った、ドアノブを触った子がノロウイルスを持っていたら何の意味もなくなってしまいます。それにあれだけトイレの中で壁やいろんなところを触っていれば、その教員の服などに付着したノロウイルスを別の所にばらまく可能性があると思わなかったのでしょうか。そもそもトイレにはノロウイルスがいると思って行動するようにしなければ意味がありません。

○『症状がない感染者』
 同じようにノロウイルスを食べてしまっても、発病しない、下痢もしない、気持ち悪くもならない人もいれば、ひどい下痢と嘔吐で苦しむ人がいます。これは本人のノロウイルスに対する免疫力の問題です。当然のことながらノロウイルスに感染している人であれば便からノロウイルスを排泄しています。その人が、すなわち全ての人が気をつけなければならないことは、大便を出した後に肛門の周囲に着いているノロウイルスを、下痢をしていたら周囲に飛び散ったかもしれないノロウイルスをトイレの外に持ち出しているという意識を持つことです。ウォシュレットなどを使うと水でノロウイルスがかなり流されるのでいい方法ですが、水で飛び散る可能性も念頭に置く必要があります。トイレットペーパーで大便が残らないようにふき取るでしょうがそれだけだとノロウイルスは肛門周囲に残り、下着に着きます。家で下着を洗濯籠に入れているとすると、下着についたノロウイルスが洗濯籠の他の衣服に付着し、その衣服を洗濯機に移す人の手にノロウイルスが付着する可能性があります。
 もちろん水洗トイレのノブにも、ドアノブにも、手洗いの蛇口にも前の人が残したノロウイルスが付着している可能性があります。冗談でよく言うのですが、男性が立ちションの後で手を洗うのは非常に不潔な、ノロウイルスを付着させる可能性がある、非科学的な習慣です。尿には原則細菌はいませんので、仮に尿の跳ね返りがあっても、他人のノロウイルスをもらうよりははるかに清潔です。

●『手で蛇口を触らない環境づくりを』
 子どもたちに「手洗いをしましょう」と教育して、指の間、爪の中まで丁寧に洗う指導をしながら、最後は自分で蛇口をひねって「手洗い終了」とさせているのはあまりにも滑稽な映像です。自動水洗でなくても、肘や足で蛇口をしめるレバーに切り替えている映像が流れるのであればいいのですが、「手を洗ってまたノロ付けて」ではノロウイルスは防げません。
 病院の手術室では手洗いは徹底されていますが、実は不思議と手術室以外では医療機関の中でも感染症対策は結構いいかげんです。外来の処置の際に手袋を渡してくれる看護師さんの中には、患者さんに触れる表側を、それも手袋の指の部分を自分の手で触って私に手渡してくれる人がいます。それではその看護師さんの手に付いた病原体が手袋の表面に付き、そこから感染が広がります。敢えて医療機関の恥をさらけ出すのは、日本では感染症対策が非常に未熟であり、皆さんの周りの情報を鵜呑みにしないでいただきたいのです。
 ちなみにこの季節、マスクをしている人が後を絶ちません。他の人のくしゃみで飛び散ったインフルエンザウイルスが付着したところを触った手でマスクの表面を触っているのは、まるでインフルエンザの患者さんがまき散らしたウイルスを自分のマスクに付着させて、それを吸い込もうとしているようにしか思えないのですが・・・。
 お大事に。