紳也特急 184号

~今月のテーマ『やめよう性教育』~

○『生徒の感想』
●『15歳の人生相談』
○『ストーカー相談』
●『方法論の議論で見えなくなる課題』
○『語らないのも性教育』
●『やれないことに時間をかけない』
○『「正しい知識」が生む偏見、差別』
●『できる人ができることを』

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○『生徒の感想』
 岩室先生の話を聞くのは2回目だったけど、たくさん考えることがあって、去年聞いたのに忘れていたこととかもあって聞いてよかったなと思えました。昨年はあまりまじめに聞いていなかったのですが、今年は真面目に来たら将来女性と交際していく上でとても大切なことをたくさん言っていていてとてもためになりました。去年とはまた違った心情で聞けたのでよかったと思う。なんか、岩室先生の話はリアリティーがあったからちゃんと気を付けてよーって思った。昨年聞いたことを思い出すことが出来ました。去年とだいたい同じ話だったけど、2回聴いてみても新鮮に感じました。

 このような感想をいただくと頑張って講演をし続けなければと思ってしまいます。今日、12月1日は世界エイズデー。やや横ばいになったとはいえ、HIVに感染する、AIDSを発症する人が少なくない世の中で、HIV感染予防も訴え続けなければならないと思いつつ、「家庭でできる性教育」や「学校現場での性・エイズ教育」の依頼をいただくと、なぜか心の中がすっきりせず、以前のように「このような性教育をしてください」という気持ちになれないのです。
 そこで今月のテーマを「やめよう性教育」としました。

『やめよう性教育』

●『15歳の人生相談』
 読売新聞の「人生案内」に「15歳女子 失恋して自己嫌悪」というのが出ていました。回答者の最相葉月さんが「あなたには絶望が足りません」、「きれいごといっちゃあいけません」、「悔しかったら泣いて泣いて、みっともないぐらい泣きましょう」、「高校生の時、勇気を振り絞って告白したのに手痛いふられ方をしたものとして、一言申し上げました」と素晴らしい回答をされていました。
 ちょうど「家庭でできる性教育」という依頼の準備をしていた時だったので思わずうなづき、拍手を送っていました。これまでの性教育はどちらかといえば「付き合った結果生まれるトラブルへの対処」が多かったのですが、これからはこの相談のように、人生で繰り返し経験する挫折への対処法を教え込まなければならない世の中になっているようです。

○『ストーカー相談』
 2ヶ月間付き合っていた彼女にふられました。短い期間でしたが、とてもとても大切な人でした。別れた理由があまり明確ではないのですが、自分自身も迷惑かけてたし、かっこよくもないし、喧嘩すると自分は必要以上に話をしようとしてしまい「重い」と呆れられます。彼女はそういうところも直してほしいと言っていました。別れてからも彼女からグチを言われ、連絡もつきません。ですがまだ彼女を忘れられません。復縁したいです。ストーカーになりつつあると自覚しています。いけないのはわかっています。どうしたら良いでしょうか。返事待ってます。
 最初からふられたのではなく、少しは付き合った人に心ならずもふられてしまったらそう簡単にはあきらめられないものです。ただ、昔は連絡を取る手段も限られていたのが、メールやSNSでその人がこれまで通り暮らしている、生きているという情報が入り続けてくると、あきらめる気持ちよりも、あきらめたくない気持ちが大きくなるのもわからなくはありません。「3日経てば忘れる」と言いますが、現代社会では忘れたくても忘れられないほどつながり続けてしまいます。改正ストーカー規制法ができたからといって、この彼のような思いを解消する手助けにはなりません。で、どうすればいいのでしょうか。

●『方法論の議論で見えなくなる課題』
 敢えて「やめよう性教育」と銘打っているのは、アレルギーが強い、どこから取り組んだらいいかがわからない、ほとんどの人が経験したことがない「性教育」に取り組もうとすると、価値観のぶつかりや方法論の議論になりがちです。
 私自身、先輩の女性の小児科医に「私は女なので女の子の性教育をするから、岩室君は泌尿器科医で男性だから男の子の性教育をやってちょうだい」とトップダウンに言われ、仕方なく始めたのが岩室流性教育でした。たまたま、当時は「包茎」に関する美容外科の広告が雑誌に氾濫し、多くの男子は友達と話をしても「正しい情報」にありつけないで悩んでいました。また、性の話にはからかいや迷信がつきものですが、マスターベーションについて、「頭が悪くなる」、「3000発打ち止め」、「背が伸びなくなる」といったことがまことしやかに思春期男子の中で語り継がれていたため、「それはウソ」といった話をしては受けていました。コンドームについても「正しい装着法」を紹介することでみんなが正しく使ってくれると信じていました。
 ところが今になってみて、もし私がこれまでやってきた性教育が一定の効果があったとしたら、それは「正しい知識の伝達」を通して、「マスコミや仲間の情報は鵜呑みにしてはならない」ということを伝え、「人が生きていく上で大事なのは疑ってかかり、いろんな人と関わり続けることが大事」と感じてもらうことができたからではないでしょうか。

○『語らないのも性教育』
 私自身、性について語ることに抵抗感がありましたが、それは既に他界した母の教えでした。少なくとも私が育った岩室家では性教育はおろか、性の話もタブー視されるような環境でした。しかし、その結果、人前で性のことをペラペラ話すものじゃないということや、いろんな価値観の人がいることを教えられました。だいたい、語れない人が語ると、同じ言葉を使っていても何も伝わりません。むしろ「私は性教育は苦手」と言い切ってくださったほうが、「性にはいろんな価値観がある」ということが伝わります。
 「それだと学校の授業が困るのです」という保健体育の先生には、「先生が苦手な単元でで、教科書を生徒に読ませ、『ここを試験に出すからちゃんと覚えておけよ』と言えばいいのです」と、「家庭での性教育はどうすればいいですか」という父母には、「語らない、語れないのも性教育」と伝えています。もちろん語れる人は語ればいいのですが、大事なことは正しい知識を伝えることではなく、正しくても間違っていても、それらの知識を仲間と共有できるコミュニケーション能力と環境をその子が持っているか否かです。

●『やれないことに時間をかけない』
 性教育ほど価値観や人生観が問われるものはありません。そのため、「正しい知識」を教えているつもりでも、実は「自分の価値観の押しつけ」をしている場合が少なくありません。その結果、一番大事な一人ひとりの生徒さんと、一人ひとりの家族と向き合うことを忘れているのかもしれないと先日の教員向けの研修会で感じました。

質問:生徒が次から次へといろんなトラブルに巻き込まれるので「ダメ、絶対」と言い続け、「正しい知識」を伝え続けるだけで終わってしまいます。「正しい知識」や「ダメ、絶対」をわかってもらえるように伝えるにはどうすればいいでしょうか。

岩室:生徒さんたちは「大人が求めていること」、「正しい知識」や「ダメ、絶対」については基本的にわかっているはずです。でも人間って「わかっちゃいるけどやめられない」というのは昔から繰り返されてきたことです。「どうすればいいのか」を伝えるのではなく、「どうしてそうしちゃうんだろうね?」といった姿勢で、まずはその生徒さんを受け入れ、一緒に考えるようにしてはどうでしょうか、とお伝えしました。「正しい知識」や「ダメ、絶対」といったことを繰り返しても効果は少ないでしょうから、むしろ共感の時間を増やした方がいいと思いませんか。先のストーカー相談についても、「ダメ、絶対」ではなく、辛さを共感することから始めればいいのです。最相さんの回答もそうだったように。

○『「正しい知識」が生む偏見、差別』
 HIV/AIDSで差別や偏見が生じたのも、結局のところ「正しい知識」がなかったからではなく、「自分のことを棚に上げた価値観の押しつけ」や「多数派による排除の論理」ではないでしょうか。「そもそもゲイなんておかしい」という「価値観」が刷り込まれた人が大勢います。未だにHIV診療が一般化しないのも、医師の中に「(ゲイなんか)診たくない」という心理があるからで、実際にはカミングアウトしていないゲイの方の診療をほとんどの医者はしています。「正しい知識」という言葉を使っている人こそ、「正しい知識」という言葉の裏に隠されている自分自身の偏見や差別について考えてもらいたいものです。人間は理屈通りにいかないものですし、性に関わることが一番理屈通りにいきません。
 性教育でも「正しい知識」を伝えたいと思っている人も気を付けないと、伝えようとしている「正しい知識」が偏見や差別を生み、本当にその人が必要としている関係性、居場所、コミュニケーション能力といったことが見えなくなってしまいます。

●『できる人ができることを』
 こう書いてくると、「岩室先生も性教育をやめるのですか?」と聞かれそうなので、「やめません」と宣言しておきます。性に関わる話についてはできる人ができることをしましょう。だから特別勉強してというより、自分なりにそれまでの成育歴や、思春期における自分自身の性との葛藤、出産、育児といった人生経験の中で語れることを、語る場の求めに応じて行えばいいのです。そして何より「語らないのも性教育」ということを忘れず、「性の話を私の前でしないでください」といったオーラを発する性教育も大いに歓迎です。
 若者たちの現状にきちんと目を向け、トラブルに巻き込まれているとしたら、なぜかを一緒に考え、誰かの話を聞かせたいと思ったら外部講師を探すなどしてください。それも難しいときは2014年12月6日23時30分~ニッポン放送系列で放送される「福山雅治の魂のラジオ」で流れる福山さんと岩室のトークを紹介してください。
 そして若い人たち一人ひとりが元気になれる日本を夢見て、皆さん投票に行きましょうね(苦笑)。