~今月のテーマ『むつかしい「包茎」』~
○『性感染症と環状切除』
●『かみ合わない議論』
○『アフリカでなぜ環状切除?』
●『嵌頓包茎は手術適応という誤解』
○『まずは正しい評価をお願い』
●『調査がすべてではない』
○『そもそも環状切除を受ける理由』
●『手術に対する正確な理解が必要』
○『意味ある議論のために』
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○『性感染症と環状切除』
この興味深いタイトルの論文が「現代性教育研究ジャーナル」の2015年6月号の巻頭を飾っていました。
http://www.jase.faje.or.jp/jigyo/kyoiku_journal.html
ちょうど今、このジャーナルに連載を持っていたので、当然のことながらすぐに読み、「包茎の正しい理解の普及」と「包茎手術撲滅大作戦」を展開しているつもりの自分自身の力のなさに愕然としてしまいました。筆者の先生は存じ上げていますし、その先生が共同執筆者になられている研究のお手伝いもさせていただきました。しかし、しかし、岩室紳也の思いを、考えをちゃんと届けることができていませんでした。
確かに外国では包皮の環状切除(割礼)がHIVをはじめとした性感染症の予防に有効だという報告があり、それらの研究の成果も意義も否定するつもりはありません。しかし、そもそも、なぜ外国で割礼でHIV予防のような対策や研究が必要なのか。外国での結果を日本に当てはめる前に考えなければならないことはないのか。そのような思いを巡らせてもらいたかったのですが、私の力不足をひしひしと感じています。やはり「包茎」という、誰もが分かったつもりに、分かっている気になる、しかし、実は一人ひとりが持っているイメージが異なる題材について、科学的に理解し、議論を展開することは至難の業のようです。
これまでも紳也特急で包茎について何度となく書いてきましたが、やはり機会があるごとに、繰り返し伝える必要があると思い、今月のテーマを「むつかしい「包茎」」としました。
『むつかしい「包茎」』
●『かみ合わない議論』
安全保障法制整備に関する国会の議論を見ていても、論点がかみ合っていませんが、これはどちらかがとぼけていたり、一方が難癖をつけていたりしているためでしょうか。確かにそう思えるところもありますが、どうもお互い、真剣に、そして全くかみ合わないまま議論をしているように思えてなりません。
原発問題も、再稼働を推し進めている人たちは、単純に原発は安全だと確信し、反対している人たちは、安全性を完全に確保することは不可能だと確信しています。一方で私のように、そもそも日本列島は5000万年前は中国大陸に引っ付いていたのがこんなに遠くまで離れてきたのに、活断層の有無ではなく、そもそも日本列島全体が危ないと思っている人はほとんどいません。ということは岩室紳也の発想は変なのでしょうか?ま、変ですかね????
○『アフリカでなぜ環状切除?』
論文に書かれていることの問題点を検証したいと思います。
「2005 年から2007 年にアフリカで行われた大規模無作為研究が相次いで発表され、ヘテロセクシャルな男性では環状切除によりHIV 獲得のリスクが半減することが示された。この結果を元に、2007 年にWHOは、ヘテロセクシャルなHIV 伝播が主な伝播様式であるHIV 蔓延地域でかつ環状切除が行われていないところでは、環状切除はHIV 感染予防の重要な柱の一つであると位置づけた。現在アフリカの13 か国では国策として成人男性に対する環状切除が行われている。」
このことはその通りです、実は1994年に横浜で開催された第10回国際エイズ会議で同じような発表があり、私がフロアから「洗えばいい」と反論したのですが、やはり議論はかみ合いませんでした。
近年、アフリカでは成人の3人に1人が感染しているという国もあり、それらの国では抗HIV薬が十分行きわたらないという現実から、とにかく感染する人を減らす方法、それも着実に効果が上げる方法を普及させることが急務でした。
それなら「教育こそ最大のワクチン」と日本で言われているように、予防啓発活動を徹底してはどうかという思いになる人もいるでしょうし、実際に様々な人たちがアフリカで普及啓発活動を展開しています。しかし、そもそも教育が行きわたっていないアフリカで予防教育だけでは目に見える感染者数の抑制は難しいので環状切除という方法が選択されました。
●『嵌頓包茎は手術適応という誤解』
今回の原稿の中で特に岩室紳也がもっとも反応したのが以下の一文でした。
「男性の環状切除は、ペニスの包皮を文字通り環の様に一周切り取る手術である。医学的には包皮が翻転して戻らなくなった嵌頓包茎に対して手術適応があり」
日本泌尿器科学会でさえもこのような基準は設けていませんし、岩室紳也は包皮口が炎症で固くなっていないかぎり、手術の必要はないと考えています。
そもそも、嵌頓する包茎と真性包茎を比べてみてください。嵌頓する包茎は嵌頓できる包茎とも言えます。すなわち、包皮口が少し広がっているため、亀頭部が包皮口を通って外界に顔を出せる状態ということです。真性包茎もむき続けていれば包皮口は広がり、手術なしでむけるようになるのに、どうして嵌頓包茎は手術適応なのでしょうか。
「包皮が翻転して戻らなくなった」というのも曖昧な表現です。というのも、そこには包皮の戻し方が書いてありません。嵌頓包茎は包皮口より亀頭部が大きい場合に起こりますので、戻すためにはまずは亀頭部を包皮口より小さくする必要があります。このコツを意外と知らない泌尿器科医も多く、結果的に「嵌頓包茎は手術適応」という話になるようです。
嵌頓包茎を整復する時は、まずは亀頭部を思いっきり、30秒以上潰します。よく「つぶしても大丈夫ですか」と聞かれますが、そもそも亀頭部には骨がなく、亀頭部の圧迫で亀頭部内の血液が体の方に戻っていきます。ただ、圧迫する時間は最低でも30秒以上にしてください。そうしないと、亀頭部が十分小さくなりません。それでも戻せないときは、リンパ液でむくんでいる包皮を太めの針で3ミリほど切開し、むくんでいるところからリンパ液を絞り出します。そうすると締め付けが少し緩み、嵌頓しているところを整復できます。
○『まずは正しい評価をお願い』
「コンドーム使用の普及や教育による性行動変容が十分な効果をあげておらず、HPV を除き有効なワクチンも限られている現状では、日本における環状切除について知ることは性感染症対策を包括的に考える上で意味があると考えられる。」
この言葉は、コンドーム使用の普及や教育による性行動変容を頑張っている岩室紳也をはじめとした多くの関係者への激励だと前向きに受け止めています。しかし、これまで多くの関係者の努力があったからこそ、先進国の中で、結果としてこれだけHIV感染の蔓延率が低くなっているとは考えられないのでしょうか。しかし、読みようによっては、多くの人たちがが何もせずにいても同じ状況だったと言われているようなものですが、本当にそうなのでしょうか。
もっとも健康づくりで一番上手く行っている、国家試験にも出た8020運動を正しく評価している公衆衛生関係者が少ない中で、相変わらずハイリスクな人たちに、課題に(今回の場合は包茎に)焦点を当てた対策を考えるのが日本の公衆衛生の主流のようですね。
●『調査がすべてではない』
そもそもなぜ仮性包茎が7割程度いる日本男子が、HPVが原因の一つとされる陰茎がんが少ないかを考えてみてください。それは包皮内を清潔に洗い、病原体を通したり、その部位に感染しやすくしたりする「炎症」という状態を予防できる環境、すなわち、風呂があり、入浴が習慣化しているためと考えられます。しかし、この入浴という習慣をアフリカに輸出するということは、割礼以上に、教育以上に難しいと言えます。一方で、日本においてこそ、この視点での予防効果を検証する必要はないでしょうか。
次のような包皮内の清潔状態についてのコホート調査(集団を決め、その人たちがその後どうなるかの調査)が一番正確に結果を出してくれますが、これこそ非人道的な研究です。1,000組程度のカップルに、男性自身がどうペニスを洗っているか(ゴシゴシ、水かけ、何もしない)別に、将来的にその人のパートナーである女性の子宮頸がん発症率を見るという方法です。しかし、このような調査をする前に男性には「ゴシゴシ洗いなさい」、女性には「ワクチンと検診を」と指導するべきですよね。
○『そもそも環状切除を受ける理由』
もう一つ大事な視点は、日本で、どのような人が、どのような理由で包茎の手術、環状切除術を受けているかということです。少なくとも包茎である私は受けるどころか、患者さんにも「必要なし」と言いつづけています。もちろん、ゴシゴシ洗いもきちんと指導します。自分で考え、選択し、包皮を切除した状態を選びたいというのであれば全く問題はありません。しかし、包茎手術を勧めるコマーシャルに載せられ、友人とその状況を共有することなく、何となく手術をしているという人が多いという事実があるとすると、単純に手術をした人と、手術をしていない人を比較することは適切ではありません。
●『手術に対する正確な理解が必要』
このような記載もありました。
「環状切除未施行者でも切り取るべき包皮がない人がおり、反対に環状切除者でも必ずしも包皮が十分なくなっていないという新たな事実もわかった。」
泌尿器科医であれば、不適切な、切り過ぎの環状切除術を受け、結果的に勃起時に突っ張って性生活に支障をきたした患者を診察した経験が複数あります。これは日本人のペニスは非勃起時と勃起時の長さが大きく異なる人がいるため、非勃起時を基準に包皮が亀頭部を覆わない状態にすると、勃起時に突っ張り、逆にこのような人は勃起時に突っ張らないようにすると、非勃起時に亀頭部が包皮の覆われる状態になることがあります。すなわち「環状切除者では必ずしも包皮を本人の希望通り切除することができない」という事実をご存じない方の視点と言わざるを得ません。
○『意味ある議論のために』
繰り返しになりますが、アフリカでの割礼の普及はその国の施策として一定の意味がありますが、そもそも割礼をしている多くの欧米人が広めようとしていることだという思いが払拭できません。ま、私を含め、世界中の人たちが、自分たちはいいことをやっているつもりですので、もっと突っ込んだ議論を継続し続けたいですね。