紳也特急 196号

~今月のテーマ『ウソと建前の罪』~

○『横浜市のマンション』
●『杭が届いていたとしたら』
○『家は傾くもの?』
●『東日本大震災とマンション』
○『盗撮防止に人権教育を?』
●『盗撮とスカートめくりの違い』
○『障がいとは社会参加ができない状態』
●『ブレーキを鈍らせるもの』

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○『横浜市のマンション』
 この言葉を聞くとドキッとするだけではなく、非常に不愉快な気持ちになります。なぜなら横浜市のマンションに住んでいるからです(苦笑)。Googleで「横浜市 マンション」で検索しようとすると、「横浜市 マンション傾き」、「横浜市 マンション 傾斜」、「横浜市 マンション 傾く」、「横浜市 マンション 三井」という選択肢が自動的に出てきます。
 確かにその後もマスコミ報道で「データ流用〇〇〇件」といった事実が次々と明らかになっていますし、データ流用は決して許される問題ではありません。実際に傾いてしまったマンションに住んでいる方はたまらない思いでしょうが、もう少し本質的な問題を議論しなければ、同じことが繰り返されるだけなのではないでしょうか。
 そんな思いでいた時に、「盗撮防止教育」なる依頼が舞い込んできました。皆さんだったらどのような「教育」をしますか。「盗撮は罪です」、「被害者の人権を尊重しよう」といったきれいごとを並べますか。子どもが自殺すると必ず「学校でのいじめの有無」の話になりますが、その視点だけいいのでしょうか。最近、きれいごとしか言わない、言えない社会も、犯人捜ししかできない社会も、実はそれ以上考えられない自分を隠すためのウソと建前の社会なのかなと思ったりしています。そこで今月のテーマを「ウソと建前の罪」としました。

『ウソと建前の罪』

●『杭が届いていたとしたら』
 繰り返しになりますが、今回の傾いたマンションにお住いの方は本当にお気の毒だと思います。マンションを買う際に業者名は絶対条件ですし、私が今住んでいるところも「ベスト」のブランドではなかったのですが、「妥協できる」ブランドということで買いました。ところが今回傾いたマンションは「ブランド別マンション評価ランキング(2010年版)」で1位になっています。そうなると「誰を信じたらいいの」ということになり、「いやいや悪いのは下請けの業者です」、「データの流用をした人です」、「工期の短縮の圧力をかけた業者です」といった犯人探しになってしまいます。しかし、もし、杭が今の基準でOKとされているところまで届いていたとしたら話はまた別の展開になるはずです。その意味でもデータを流用、改ざんした人の罪は大きく、今回傾いたマンションにすんでおられる方々だけでではなく、他のマンションに住んでいる人にとっても、これからマンションを買おうという方にとっても、「現在の基準の課題の検証」ができなくなってしまったという事実を作ってしまった罪こそが問われるべきです。

○『家は傾くもの?』
 実はわが家のお隣さんが引っ越し、部屋が売りに出されました。当然のことながら仲介屋さんは査定に来るのですが、その時に「築17年にしては傾きがほとんどないですね」と言っていました。今回の事件が起こる前の話だったのですが、これだけ重いものが地面の上に置かれていれば、その重みで少しくらいは傾いても仕方がないと納得していました。すなわち強固な地盤、支持層に基礎杭が撃ち込まれていたとしても、不動産屋の常識として「マンションは傾くもの」だそうです。ちょっと考えればわかることですが、強固と言われている支持層のさらに下の地盤が沈み込んだら、杭は打ちこまれた支持層ごと沈み込み、結果的にマンションが傾くことが考えられます。常総市の水害でしっかり地盤に固定されていた家が流されなかったことは記憶に新しいのですが、地盤が液状化で家が傾くというのは東日本大震災で浦安市だけではなく、各地で見られた被害です。栃木県に住んでいる私の義弟の戸建ての家も傾きました。すなわち「家は傾くもの」と考えた方がいいのかもしれません。

●『東日本大震災とマンション』
 マンションに住んでいる人の多くは「自分が死ぬまではこの建物は大丈夫」と思っているのでしょうし、私もそういう思いで買っています。しかし、東日本大震災では100棟以上のマンションが全壊と認定されました。単に揺れで壊れたというだけの問題ではなく、基礎杭が支持層に到達していたとしても支持層自体が地中深くで傾いてしまったのです。1メートルも地盤沈下したところがあるように、支持層自体の弱体化や傾斜で傾いてしまったマンションは、誰の責任でもなく、自分たちで建て替えるしかありません。マンションに住みながら、このことを意識したことがない人が大半だと思います。
 今回の件で残念なのが、杭打ちの業者が言うように本当に基礎杭が支持層に到達していたとすれば、東日本大震災を含め、どのような原因で傾きが生じ、それを予防するにはどうすればいいのかという知見が得られなくなったことです。「あの土地は湿地帯だからそもそもの責任はその土地を開発した行政にある」といっている土木の専門家の方には、そのような土地であっても、傾かない工法を開発して欲しいですし、それが無理なら「マンションを建ててはいけない場所リスト」を早急に作って欲しいものです。

○『盗撮防止に人権教育を?』
 盗撮事件が後を絶ちませんが、相変わらず犯人を処罰するだけで、なぜ盗撮が繰り返されるのかという議論がほとんどされていません。犯人が社会人の場合、「懲戒免職」になれば世間は納得しますが、「停職6ヵ月」だとネットが炎上します。どちらが妥当かわかりませんが、どんなに厳罰化を進めても盗撮予防効果には限界があります。Googleで「盗撮」と検索すると15,700,000件ヒットしますし、「盗撮映像」や「盗撮スポット」がネット上で紹介されているのを見て、「自分でもできる」と思って実行に移す人が少なくありません。では、盗撮を予防するにはどうすればいいのでしょうか。

●『盗撮とスカートめくりの違い』
 私が中学生だったころ、スカートめくりが流行っていたのを記憶しています。しかし、6年間を過ごしたケニアの小学校では一切ありませんでした。それどころか、性的な話題は一切厳禁でした。その上にLady Firstが小学生でも徹底され、女性は尊重される存在ということが刷り込まれていました。一方、日本に帰ってくると、女子を尊重するという雰囲気はあまりなく、気が付けばスカートめくりを何となく受容していたように思います。しかし、不思議とスカートめくりをする人としない人がいました。しない人は人権意識がある人ではなく、単に臆病だっただけで、かといってする人を止めるわけでもありませんでした。結果的にした人がこっぴどく怒られ、された人がすごく嫌な思いをしているのを見せてもらい、してはいけないことだと学ばせてもらっていました。
 いじめも同じではないでしょうか。昔からいじめっ子といじめられっ子がいて、ずるい傍観者がいました。私はずるい傍観者でした。そのずるい傍観者というのがいるからいじめっ子はいい気になり、いじめが止まりません。しかし、いじめが続くと集団の中で「ちょっとまずいぞ」という雰囲気が生まれ、気が付けばいじめも解消されていたように思います。
 しかし、今は「盗撮」も、「いじめ」も、「薬物」も、「ダメ、絶対」と建前を教えるだけで大人たちは対策を講じたつもりになっていますし、そこに「人権」という教育的な言葉が入ると対策は完璧と勘違いしていないでしょうか。タイトルに「人権」とつければ人権教育になっているつもりかもしれませんがとんでもない誤解です。

○『障がいとは社会参加ができない状態』
 先日の陸前高田市で震災後60回続けている未来図会議で「障がい者の健康づくり」の議論をした際に、「障がいとは社会参加ができない状態を言う」と教えてくださった方がいました。程度の差はあれ、例えば身体に障がいがあるとその障がいがあっても社会参加ができるようなバリアフリー社会でなければスムースに社会参加ができません。陸前高田市が目指している「ノーマライゼーションという言葉がいらないまちづくり」も最終的にはどのような状況の方であっても、陸前高田市で他の人たちと同じような気持ちで、不自由や差別、偏見などを感じることなく社会に参加をし、暮らし続けられるまちをつくることです。
 障がい者の方が社会参加しやすい環境をつくるには、もちろん障がい者の方々の声を聞き続け、その声に答え続けることが大事ですが、結局のところ、多数を占める障がいがない人たちがどれだけ障がいを抱えている人たちに学び続けられるか、接し続けられるか、そして何より、障がいを抱えている人たちが社会参加している状況に学ばせてもらえるかがキーになります。以前、「知るより慣れろ」と教えてもらいましたが、慣れるためにも接点を少しでも増やすことが求められています。

●『ブレーキを鈍らせるもの』
 犯罪者も社会から制裁を受け、社会参加ができない状態を自らつくっています。社会参加ができない犯罪者をつくらないためにも、犯罪者のことをもっと知り、対策を一緒に考えたいものです。
 スカートめくりも、盗撮も、痴漢行為も、買売春も、「絶対にばれない」という条件を付けると、どれだけの男性が「したい」と思うのでしょうか。こう並べてみると、実はスカートめくりと痴漢行為については被害者がほぼ100%被害に気づきます。盗撮の場合は被害に気づかない場合も少なくないはずです。買売春は相手が高校生であっても本人の意思だからという言い訳を考える人がいます。すなわち、盗撮の場合は「相手も気づかない」という思いが加害者意識というブレーキを鈍らせているように考えられないでしょうか。
 以前、お酒に弱い知り合いが酔っぱらって他人の家の風呂を覗いているところをつかまり、懲戒免職になりました。そもそも性欲が強い男たちは自分の心のブレーキを鈍らせるものは何かを常に考え、仲間と確認し続けないと、次は自分の番になりますよ。と自分に言い聞かせながらの原稿書きでした。