紳也特急 201号

~今月のテーマ『なる人、ならない人』~

○『肝臓に腫瘤が・・・』
●『その後の顛末』
○『パニックの対処には経験が必要』
●『ギャンブル依存症になる人、ならない人』
○『悪は他人に学ぶ』
●『他人に学べない』

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○『肝臓に腫瘤が・・・』
 人間、60年も生きていると本当にいろんな経験をさせていただけます。公衆衛生、予防医学を専門にしながら、実はここ2年間、健康診断を受けていませんでした。よく保健師さんたちは「健康診断を受けましょう」と呼びかけていますが、「あなた(保健師さん)はどうして健康診断を受け続けているのですか?」と聞くと、「健康管理のために受けるのは当たり前でしょ。この医者は何を考えてこのようなレベルの低い質問をするのかわからない?」という目で見られることが少なくありません。しかし、私が期待していた返事は、「組織に所属し、強制的に、しかも業務時間内に健康診断を受けさせられるから受けている」でした。
 私が健康診断を受ける気になったのは病院で診療をする上で、保健所が病院の職員が結核に感染していないかの医療監視を毎年行っていたからでした。私自身、保健所に勤務しているときは病院の医療監視をする側だったにもかかわらず、今回は前の健康診断の有効期限が切れることになり、仕方なく人間ドックを申し込むことになりました。人間ってそんなものですね。
 その人間ドックで久しぶりに受けた肝臓の超音波検査の画像に複数の腫瘤影が・・・。ちょうど数日前に生前葬なるものをした後だったのですが、本当に生前葬???とも思わず、不思議と冷静に画像を分析していました。しかし、健診担当の先生は慌てて放射線科や他の内科の先生にも相談してくださり、その日にCT検査を、1週間後にMRI検査を受けることになりました。
 MRI検査を受ける直前に起こったのが地下鉄でベビーカーをひっかけたまま、非常ベルが鳴ったにも関わらず、次の駅まで電車を走らせてしまった車掌さんの事件でした。彼は冷静な判断ができないパニック状態だったのでしょう。しかし、多くの車掌さんはパニックにならず適切な対応ができます。バドミントンの選手がギャンブルにはまったことから学ばなければならないのが、「なぜ、自分がギャンブルにはまらないか」ということです。
 そこで今月のテーマを「なる人、ならない人」としました。

『なる人、ならない人』

●『その後の顛末』
 CTを待つ間に病院に持ち込んでいたパソコンを使い、ネットで「脂肪肝」「結節型」と検索した結果、「多発性限局性脂肪肝」なる診断名が出てきたので、「これかな」と勝手に決めていました。このように考えられたのも、泌尿器科医として腎臓にできる腫瘤で、腎臓がんとは画像だけで区別できる腎血管筋脂肪腫は脂肪組織のため超音波検査では白く描出されることを何度も経験しているだけではなく、秦野市、伊勢原市で25年来行っている先天性尿路奇形のスクリーニングのための腎臓超音波検診でも脂肪組織が白く描出されることを繰り返し経験していたからでした。ただ、健康診断を受けた病院では「国民健康保険の自営業の60歳男性」ということになっていたので、身元を聞かれることも、明かすこともなく今に至っています。
 CTの造影検査はこれまでに何回も患者さんに検査をし、造影剤の注射もしてきましたが、自分が注射をされるのは初めてでした。「体が熱くなりますよ」と言われると、実際に全身はもちろんのこと、肛門周囲が妙に熱くなり、決して気持ちがいいものではありませんでした。そのCTでもいわゆる転移性の腫瘤とは言い切れず、MRIを予約しました。MRIで腫瘤のところを測定し、腫瘍マーカーの結果と合わせて、「多発性限局性脂肪肝=フォアグラ」ということになりました。
 今回、ここまで脂肪をため込んだのはここ1年ほど酒量が増えただけではなく、酒類も増えたからと反省させられました。以前はもっぱらビールだけだったのが、日本酒、ウィスキー、ブランデー、ワインと何でもありの状態でした。特にウィスキーは「知多」にはまっていましたが、とりあえず酒量と酒類を減らし、もっぱらビールを少しだけという状況をしばらく続け、1年後のドックでは何とかこの脂肪肝を解消したいと考えています。

○『パニックの対処には経験が必要』
 地下鉄でベビーカーが挟まれたまま、非常ベルが車内外で押されたにも関わらず、電車が次の駅まで走行してしまった事故から何を学ぶか。ネットニュースには「車掌は『停車させることをためらった。ベビーカーに気付かず、車外確認も不十分だった』と説明しているという。車掌は入社2年目で、単独での車掌業務は19日目だった。」とあります。ここで誰もが疑問に思うのは「どうして非常ベルが鳴っているのにためらったのか」です。
 今回、岩室紳也がエコー検査を自分でしたことがない医者だったら、おそらく今回の脂肪肝のことを冷静に対処できなかったと思います。この車掌さんを擁護するつもりはありませんが、危機的な状況に直面したり、失敗を繰り返したり、躓く経験を繰り返していないと、いざという時になって非常ベルを無視するような大失敗をするのではないでしょうか。まったく同じ状況ではなくても、日常と異なる状況を繰り返し経験していなければ、いざという時に冷静ではいられません。

●『ギャンブル依存症になる人、ならない人』
 オリンピック出場はおろか、金メダルも期待されていた21歳の選手が違法賭博でオリンピックに出られなくなった事件の後、「再発防止研修」の必要性を訴えている人たちがいますが、あまりにも素人的、評論家的な発想で思わず笑ってしまいました。
 岩室紳也も学生時代、パチンコにはまっていましたが、いわゆるパチプロでもなく、大損をするわけでもなく、それなりに楽しむ範囲でやれていました。しかし、いつの世にもギャンブルで身を亡ぼす人はいます。貴闘力というお相撲さんが5億円の借金を作ってしまい、その返済に躍起になっているという話を本人がテレビでしていましたが、ギャンブル依存症になる人とならない人の違いも薬物依存症と同じで、依存不足ではないかと思いました。

○『悪は他人に学ぶ』
 最近、講演で「何が正しいか、何が間違っているかは『法律』ではなく『他人』にまなぶもの」と話しています。199号で紹介したように、依存者支援で大事なのは「安全に失敗できる場所」「失敗したことを正直に言える場所」です。ところがバドミントンの選手が「世界一賞金960万円ド派手に使う」と言ったり、「ブランド物や派手な服装で次の世代に夢を持たせる」といったりした話に対して、誰も「ちょっと違うんじゃない」とたしなめなかった、たしなめられなかった関係性こそを周りが、世間が反省しなければなりません。すなわち、「その発想ってちょっと変だよ」と周りの「他人」が教えなかったために今回の事件を起こしてしまったと考えられないでしょうか。「自分もスポーツマンで勝負の世界で生きているので、ギャンブルに興味があり、やめられない自分がいました」という言葉に対して、どれだけ多くのスポーツマンが反論したのでしょうか。「お前なんかスポーツマンの風上にもおけない」と、それこそバドミントンだけではなく、すべてのスポーツ選手が怒るべきでしょうが、残念ながらそのような声が聞こえてきません。

●『他人に学べない』
 善悪は他人に学ぶこととすると、他人とのコミュニケーションが取れない人たちは善悪の判断ができない人たちということになります。確かに暴力団や反社会的なことを繰り返す人は他者とのコミュニケーションが不十分です。鶏が先か卵が先か。喋れないから反社会的になってしまう人たちに対して、結局のところ、コミュニケーションをとり続けるしかないようです。そして、コミュニケーションをとり続けていると、気が付けば自分の手に負えない状況にも直面し、パニックになり、でも、そこには誰かがいてくれるため、パニック回避方法を学べます。
 4月冒頭は仕事が少ないため、壊れかかったパソコンを入れ替えていました。Windows8からWindows10だけではなく、Office2013からOffice365Soloへの移行中にいくつものトラブルに遭遇し、その都度パニックになりそうな状況がありました。しかし、その都度、メーカー、ネット内のサイト等に助けられましたが、思えばこれまで何台ものパソコンを入れ替えてきた経験が、今回も活かされたのかなと思いました。
 知識も大事だけど、経験に勝る知恵なしですね。