紳也特急 207号

~今月のテーマ『自己完結社会の怖さ』~

○『生徒の感想』
●『SNSで自己満足』
○『相談が成立しなくなった』
●『SNSと自殺を考える』
○『時代にそぐわない行動規範?』
●『自殺の背景』
○『SNSで自己完結に終わる怖さ』
●『いのちを救うコミュニケーションを』
○『いじめがあれば自殺していい???』

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○『生徒の感想』
 自分がクラス替えのたびに本に依存する理由がわかりました。人とのかかわりがうすくなると、スマホに依存する理由もわかりました。何故か本題の性教育より、その言葉が第一に浮かんできます。今回の講演会は性教育、つまり保健のものではなく、道徳のものなのではないかと思います。人としてのあり方を私はよく学びました。
 あれを下ネタ大好きなおじさんととらえている人もいますが、その人たちはその部分にしか目がいかなかったのでしょう。私が一番に目を向けたのは、話の合間に入る余談と思われる部分。ゲイの話。二次元の話。アダルトビデオ。質問の一つ一つが何らかの意味がある。
 印象的だったのはゲイの話。先生が気持ち悪がっていたゲイに対する反応の変化。その相手に対する思いが要所要所、目に見えるくらい分かったように感じます。わたしの思い違いかもしれませんが。(中3男子)

 思い違いではないですよ。ここまで私の話をきちんとくみ取ってくれたあなたに感謝です。あなたに話ができて何よりでした。

 こうやって思いが届く人もいれば、「相談に乗って欲しい」と連絡をしてくるのに、結果的に相談の受け答えが気に入らず、自分から離れていく人も少なくありません。なぜその人たちとつながれないのかを考えていた時にNHKの「ドキュメント72時間」で、無人駅で写真を撮影し、それをSNSで情報発信することで自己肯定感を高めている学生さんを取り上げていました。いまは誰かとつながっていたいというのを、バーチャルなつながり方であるSNSで「つながった気になる」時代なのだとあらためて気づかされました。そうとらえると、実はいろんなものがさらにつながっていきました。そこで今月のテーマを「自己完結社会の怖さ」としました。

『自己完結社会の怖さ』

●『SNSで自己満足』
 岩室紳也のTwitterフォロアー数は1,699人。Twitterリツイート最高件数3,743回。Facebookのお友達1,220人。Facebookの直近投稿へのいいね218回。メルマガ(月1回)発信回数206回。
 なぜSNSをしているかと言えば、自分の勝手な都合で多くの人に情報発信ができるからです。こうやって原稿にするときにこそ「数」をカウントしますが、普段は気にしていません。ところが先の無人駅の学生さんのように、「自分はいまここにいます」と発信し、「いいね」をもらうことで「気にしてもらっている」と受け止め、自己肯定感を、承認欲求を満たしているのを見ると、思わず、「それはつながっていることにならないんだよ」と言いたくなりました。

○『相談が成立しなくなった』
 HPからいろんな相談が入ってきます。なるべき丁寧に、真摯に相談者に向き合おうとしているのですが、最近の相談者の傾向として「答え」や「すぐできることのアドバイス」を求めてくる人が多くなっています。
 「17歳です。これまで行きずりの大人9人とその場限りのセックスをしました。これではいけないと思っています。どうすればいいでしょうか。」
 このような相談が入れば、カウンセリングとまでいかなくても、どうしてすぐセックスをしてしまうのか、といったことを少し掘り下げつつ、相談者が自分自身と向き合うきっかけづくりを心掛けてきました。そうすることで、最終的には相談者が自分自身で答えを見つけ、「ありがとうございました」で終わっていました。ところが、どうも最近は、「どうすればいいか教えてください」や「教えてくれないならいいです」といった「答え」や「正解」を求める人が多いように思えてなりません。
 妊娠判定薬の写真を送ってきて、「この微妙なのは陰性ですか」と聞くので、「もう少し時間をおいて」と言いたいところを、そう返せば必ず「もう少しって、後何日後ですか」と返ってくるのがおちなので、具体的に「3日後にもう一回だと安心できます」と返事をしたところ、「他で聞いたら『大丈夫』と言われました」と自分に都合がいいことを言ってくれる人にたどり着くまで探し求めています。
 大人たちは事件が、自殺が起こる度に「相談してくれれば」と言いますが、イマドキは「相談さえもできない人が増えています」という状況になっていないでしょうか。

●『SNSと自殺を考える』
 自殺は減少傾向にありますが、未だに一年間に24,000人、毎日65人を超える人が自ら命を絶っています。その原因追及でマスコミは「いじめ」や「過労死」を取り上げ続けていますが、「原因は一つ」と決めつけているマスコミが愚かなのか、マスコミに取材を受ける人が愚かなのか、本当に嫌になってしまいます。
 「東大卒エリート美女が自殺までに綴った『苦悶の叫び』50通 電通の壮絶「鬼十則」が背景か」
http://www.sankei.com/premium/news/161015/prm1610150023-n1.html から皆さんは何を考えたでしょうか。電通の労働環境に問題があったことはその通りです。ここを否定するために書いているのではないことだけはご理解いただきたいと思います。ただ、こんな声も聞こえてきます。

 今回の事件は電通の非を認めるものの、元々広告代理店の激務と戦場のような雰囲気は昔から変わっていなくて、それを承知で戦う人材が多かったけど、今は一度も親から怒られたことのない、特定のグループでしか会話ができないような、良い意味でも悪い意味でも優秀な人材が入ってきている。その人たちが、叱責を受けた場合のストレスは想定をはるかに超える衝撃(お互いに)を受けたんだと思う。

 本当にその通り、同感です。子どもが教師に叱られると、親が逆切れをして校長室に怒鳴り込むというのはよく聞く話です。理不尽なことが起こるのがこの世の中ですが、そこを自分の力で切り開けるような基礎的忍耐力、行動力が身につかずに大海、社会に放り出された方も気の毒だと思います。

○『時代にそぐわない行動規範?』
 電通の「鬼十則」です。

1. 仕事は自ら創るべきで、与えられるべきでない。
2. 仕事とは、先手先手と働き掛けていくことで、受け身でやるものではない。
3. 大きな仕事と取り組め、小さな仕事はおのれを小さくする。
4. 難しい仕事を狙え、そしてこれを成し遂げるところに進歩がある。
5. 取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……。
6. 周囲を引きずり回せ、引きずるのと引きずられるのとでは、永い間に天地のひらきができる。
7. 計画を持て、長期の計画を持っていれば、忍耐と工夫と、そして正しい努力と希望が生まれる。
8. 自信を持て、自信がないから君の仕事には、迫力も粘りも、そして厚味すらがない。
9. 頭は常に全回転、八方に気を配って、一分の隙もあってはならぬ、サービスとはそのようなものだ。
10. 摩擦を怖れるな、摩擦は進歩の母、積極の肥料だ、でないと君は卑屈未練になる。

 これを読んで皆さんはどう思われたでしょうか。私のような年配者は「そうだよね」と思う人が少なくないと思いますが、おそらくこちらの「イマドキ十則」であれば受け入れてもらえるのではないでしょうか。

1. 仕事は与えられるもの。
2. 仕事とは給料をもらうために、受け身でやるもの。
3. 仕事の大小は給料との兼ね合いで決まる。
4. 自分に合った仕事をする。
5. 取り組んでもできないものはできない。
6. 自分ができない仕事は上司に手伝ってもらう。
7. 会社が計画を立て、社員の適正にあったものを与える。
8. 自信を持たせるような仕事の仕方をさせて欲しい。
9. 自分の能力にあったサービスをさせて欲しい。
10. 摩擦はパワハラ、いじめにつながるので絶対避けたい。

●『自殺の背景』
 自殺の背景には数多くの原因が横たわっているため、背景の複雑さを強調しすぎると考えることを放棄する人が増えてしまいます。一方で、ブラックな企業が悪い!とマスコミが書けば多くの人は「そうだ、そうだ」となり、やはり自分の問題としてとらえることなく、結局のところ、自殺は他人ごとという意識のままです。ご本人が抱えていたかもしれない課題に触れる必要があると思っても、亡くなられた方に失礼になったり、ご遺族を苦しめるようなことになったりしてはいけないという心理が働くのは当然であり、そのため、結局のところ議論が、考えることがストップしてしまいます。
 ジェフリーローズが紹介したポピュレーションアプローチの考え方は、「社会に蔓延するリスクは何かを考え、そのリスクにどう対処するかを社会全体の課題として考える方法」です。「コミュニケーション能力が低い」と言えば、確かにその本人の課題、ハイリスク者の課題ということになりますが、「コミュニケーション能力が育ちにくい社会環境」というと、一個人の問題ではなく、社会の、環境の問題ととらえて自殺問題も議論を重ねる必要があります。

○『SNSで自己完結に終わる怖さ』
 亡くなられた方がTwitter等に書き込んでいたというメッセージが新聞で紹介されていますが、それらをどう読まれたでしょうか。

「休日返上で作った資料をボロくそに言われた もう体も心もズタズタだ」(10月13日)
「眠りたい以外の感情を失った」(10月14日)
「生きているために働いているのか、働くために生きているのか分からなくなってからが人生」(11月3日)
「土日も出勤しなければならないことがまた決定し、本気で死んでしまいたい」(11月5日)
「毎日次の日が来るのが怖くてねられない」(11月10日)
「道歩いている時に死ぬのにてきしてそうな歩道橋を探しがちになっているのに気づいて今こういう形になってます…」(11月12日)
「死にたいと思いながらこんなストレスフルな毎日を乗り越えた先に何が残るんだろうか」(12月16日)
「なんらな死んだほうがよっぽど幸福なんじゃないかとさえ思って。死ぬ前に送る遺書メールのCC(あて先)に誰を入れるのがベストな布陣を考えてた」
(12月17日)

 そして、12月25日、身を投じて亡くなられました。
 SNS、ツイッター、LINE、Facebookは単なる情報発信手段です。決してコミュニケーション手段ではありません。しかし、誰かがリツィートしたり、既読にしてくれたり、「いいね」をしてくれたりすると、「受け止めてくれている」という安堵感を覚えても不思議ではありません。しかし、所詮、自分から一方的に情報を発信していて、たまに誰かがそれを「見てくれただけ」と思わなければならないのです。敢えて「思わなければならない」と強調するのは、リツイート最高件数3,743回と言っても、全員が「こんなバカなことを言っている医者がいるんだ」と思ってリツィートしているのかもしれません。すなわち、相手の反応も、あるいはメールやLINEに書き込まれた文字も、実は自分勝手に解釈しているだけなのです。

●『いのちを救うコミュニケーションを』
 誰かと話をすれば、自分の言葉だけではなく表情や感情など、様々なものが相手に伝わります。先に紹介したTwitter等の言葉を、ご本人が直接誰かに話をしたら、相手はどのように思ったり、反応したりしたでしょうか。確かにSNSだと多くの人に伝わったように思うでしょうが、間違いなく対面のコミュニケーションが一番「思い」が伝わる方法であり、いのちを救う方法です。でも、それがない、それができない子たちの背中をさらに押しているのが報道です。

○『いじめがあれば自殺していい???』
 「いじめで自殺」という報道も聞くたびに、「その報道が子どもたちを自殺に追い込んでいることを知っていて報道しているのですか」と聞きたくなります。「正解を求める」、「答えを求める」若者たちにとって、自分の方向性の選択肢を与えてもらうことが、次の行動の選択につながります。実はいじめ以外のことがつらいと思っている子も、報道から「いじめを苦に自殺」という「答え」をもらった瞬間に、「そうだ、そういう遺書を残して自殺しよう」と思う可能性があります。
 また、「そんなにつらいのだったら相談してよ」と言う人は、相談する力がない人たちの気持ちがわからないのです。先日会った元不登校だったという大学生は、「自分のみっともない状態を相談どころか、誰にも見せたくなかったから不登校になった」と教えてくれました。さらに言えば、「あなたは自分がつらくなった時、誰かに相談しましたか」と聞きたいですね。少なくとも私は相談しません。いろんなアンケート調査でも「男」は相談しないということが明らかになっています。でも、いろんなことをいろんな人と話している内に、気が付けば苦しい状況を乗り越えているように思っています。
 だから、コミュニケーションを、人と話すことを、それも多くの人と話すことをもっと呼び掛けたいのですが、「で、どうやって」となると、一人ひとりが「はまってけらいん かだってけらいん」を意識し続けるしかないようです。本当に難しい。

 ま、こうやって一方的に書いていると自己完結型発想になっているのかもしれないので、大いに反論していただければと思います。よろしくお願いします。