紳也特急 218号

~今月のテーマ『問題の根っこにあるもの』~

●『障がい者の性の映画』
○『秘忍者ジミー・ハットリに感謝』
●『答えは現場にある!』
○『つながり』
●『根っこの問題に共通する対策を』
○『人は経験に学び、経験していないことは他人ごと』

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●『障がい者の性の映画』
 リリー・フランキーが演じる脳性マヒの主人公の恋愛とセックスを題材にした映画「パーフェクト・レボリューション」が公開されました。この映画がきっかけで、NHKのクローズアップ現代+でも「障害者と恋とセックスと」いう番組が組まれました。リリー・フランキーさんも「ヒットしないけど『クローズアップ現代』が取り上げたから意味があった」と発言されていたように、いろんな切り口で社会に問題提起をし続けていれば、少しずつ理解の輪が広がってくれると期待していますが、なかなかハードルは高いのかなとNHKの取り上げ方を見て感じました。
 2か月前の紳也特急8月号で『「障がい者の性」という錯覚』について書かせてもらいました。「障がい者の性」の問題は、実は「健常者の性」の問題ですと。しかし、「障がい者の問題」という視点を前面に出すことで、自分にも降りかかり、突きつけられてくる「健常者の問題」を見ないようにしたいのが人間なのかもしれません。しかし、自分の問題から逃げていては「障がい者の性」の問題も解決に向かわないので、もっと根本的なところに焦点を当てた「問題の根っこにあるもの」を分析、紹介するような番組をやってもらいたいと、改めて思いました。
 と、文句を言うだけではなく、自分がそのような機会をもっと作ればいいと反省させられたのが、9月24日に開催された第一回AIDS文化フォーラム in 名古屋での数多の出会いでした。そこで今月のテーマを「問題の根っこにあるもの」としました。

『問題の根っこにあるもの』

○『秘忍者ジミー・ハットリに感謝』
 2017年9月24日(日)にAIDS文化フォーラム in 名古屋が開催されました。開催の原動力はコンドームのゆるキャラの秘忍者ジミー・ハットリくんでした。横浜、京都、陸前高田、佐賀へと広がったAIDS文化フォーラムを名古屋で開催すべく、もともと愛知県で幅広く活動されていた愛知思春期研究会の共同代表の産婦人科医の丹羽咲江先生、学校の先生でマジシャンの中谷豊実先生のお二人に呼びかけ、愛知思春期研究会が定期的に開催されている性教育フォーラムとの共同開催にこぎつけました。
 AIDS文化フォーラムが横浜から各地へと広がった原動力は、それまではAIDS文化フォーラム in 横浜に長くかかわってくださっていた人たちのおかげでした。ただ、正直なところ、今回の名古屋への広がりの原動力になった秘忍者ジミー・ハットリくんの力は未知数でした(ごめんなさい)。でも、AIDS文化フォーラム in 京都や横浜では全体を盛り上げたり、陸前高田ではマラソンを走ったりと、何度となく秘忍者ジミー・ハットリの本気度を見せていただいていました。その彼が「ぜひ名古屋で」と動いてくれたので一緒に頑張りたいと思い「何だってするよ」と大きく出た私は、午前中のパネルディスカッションの司会と、午後の締めの講演を依頼されました。

●『答えは現場にある!』
 「ジミー・ハットリと性を考えよう!」というパネルディスカッションが30分後に始まるというのに、打ち合わせは愚か、出演者の顔合わせもできていない状況の中で、私を含めて出演者の誰もが不安になったのも事実でした(苦笑)。出演者と活動内容は以下の通りでした。
 ハーレーサンタCLUB名古屋代表の冨田正美さん(児童虐待防止啓発活動)
 ANGEL LIFE NAGOYA副代表のこきんさん(ゲイによるゲイのためのHIV感染予防啓発活動)
 NPO法人ASTA共同代表理事の久保勝さん(LGBTに関する啓発活動)
 NPO法人再非行防止サポートセンター愛知スタッフの渋谷靖幸さん(再非行防止支援活動)
 Thrive代表の涌井佳奈さん(性被害当事者支援)
 この方々は、ジミー・ハットリがAIDS文化フォーラム in 名古屋に向けて開催した勉強会の講師で、当事者の方もいれば、当事者ではない支援者もいました。AIDS文化フォーラムの趣旨はご理解されているものの、本当にこのメンバーで何か共通点を見出せるだろうかと思った人も少なからずいたと思います。そんな感じで始まったパネルディスカッションでしたが、案ずるより産むが易し。自己紹介をしていただきながら、すぐに気づかされたのが、みなさんの共通点でした。全員が「現場」を経験していた、「現場」を大事にしてきた人たちでした。「事件は現場で起きている」という有名なセリフがありますが、現場を経験してきた、当事者の苦労を肌で感じてきた方々ばかりだったので、一人ひとりが見てきたこと、感じてきたことの共通点を見出すのは容易なことでした。

○『つながり』
 今回のパネルディスカッションのキーワードは「つながり」でした。児童虐待につながる望まない妊娠や性のトラブルに巻き込まれる人たちの根っこにあるのは自分自身が人とつながっていない寂しさ。HIV感染もつながりを求めた結果。LGBTへの無理解や偏見も仲間として当事者とつながっていなかったため。再非行防止での最初の行動で大事なのは当事者とのつながりの構築。性被害当事者同士がつながることで癒される。岩室が心がけている薬物使用者、依存者支援の第一歩もつながりの構築。
 最近、講演の中で「関係性の喪失」という警鐘を鳴らしていますが、登壇されている方々はまさしく現場でこの「関係性の喪失」に直面し、その対策として「関係性の再構築」を意識し続けておられました。ハーレーサンタCLUBがなぜ目立つバイクの「ハーレー」なのかと言えば「楽しくなければつながらない」という思いからでしたし、その冨田さんは岩室と同じくコンドーム柄のネクタイをされていました。見事に冨田さんと岩室がつながりました。岩室がコンドーム柄のネクタイをしているのも、ネクタイがきっかけで先輩から後輩へと「コンドームの達人が学校に来るぞ」とつながっていくのを何度も経験させていただいているからです。

●『根っこの問題に共通する対策を』
 パネルディスカッションや締めの講演の後の参加者の感想で印象的だったのが、岩室紳也に染みついている「コンドームの達人」というイメージと、パネルディスカッションや講演の内容との乖離でした。コンドームの達人としての私を知っている人たちは、「もっとコンドームのことを強調するのかと思った」と感想をくださいました。しかし、パネルディスカッションも、講演も、「つながり」、「関係性」、「居場所」の重要性を感じていただく内容でした。もちろん避妊や性感染症予防におけるコンドームの重要性は否定されるものではありません。しかし、望まない妊娠やHIV/AIDSをはじめとした性感染症を回避するためには、コンドームを教える前に、友達ともっと性の話ができる環境整備をする必要があります。それができるようになれば、児童虐待、HIV/AIDS、LGBT、非行、性犯罪等々の問題も気が付けば解決に向かったり、当事者が乗り越えられる環境になったりしていくはずです。
 「つながり」と「予防」の関係性が感覚的に理解できる人たちは「現場」を知っているということに気づかされる一方で、「現場」を知らなければ、経験していなければ、やはり他人ごとなのかなと思ったりもしました。

○『人は経験に学び、経験していないことは他人ごと』
 今回のパネルディスカッションを通して、今後の対策の方向性が少し見えてきました。常々、問題がそもそも起こらないようにする「一次予防」が重要だと思っています。しかし、今回、犯罪を予防するには、まずは自分自身が何故その罪を犯していないのかをしっかりと考える必要があることを改めて強く認識させられました。
 「あなたはなぜ痴漢という罪を犯していないのでしょうか」と聞かれたら、貴方はどう答えるでしょうか。
1. 犯罪だから
2. 実はしているけどばれていないだけ
3. したい気持ちになったことはあるけど社会的に葬られたくないから
4. 考えたこともない
 1と4を選択した人は「痴漢という犯罪」の根っこを自分ごと意識でとらえられていないと言えます。もちろんそのように感じるのが一般的な反応ですが、薬物乱用防止教育の「ダメ絶対」の発想と同じで、結局のところ痴漢を犯罪という視点で非難して終わりです。一方で2や3を選んだ人は、自らの経験からどうすれば「予防」が可能になるかを考えるヒントを持っている人たちです。ただ、2や3を選んだことを公表した瞬間に、周囲の冷たい目線にさらされることを覚悟する必要があります。もちろん痴漢や薬物は罰せられる行為ですが、人間は誰しもそのような行動をとってしまう可能性があるという事実を社会全体で受け止める寛容さがなければ、結局のところ「犯罪予防」の可能性が遠ざかってしまうのではないでしょうか。

 犯罪者を減らすためには、まずは犯罪者を再犯させないために、犯罪者がなぜ罪を犯してしまったのかと同時に、なぜあなたが罪を犯さずにいられるのかを共有、共感できる社会になることが求められていると改めて思いました。

「問題の根っこにあるもの」というタイトルにした後に倉本聰さんの次の言葉に出会いました。

「樹は根に拠って立つ されど根は人の目に触れず」

 急がば回れ。でもせっかちな、他人ごと意識の人が多い日本人には難しいことでしょうか。