紳也特急 226号

~今月のテーマ『若者を壊さない社会を』~

●『繰り返される若者の事件』
○『原因と結果』
●『変わってきた部活』
○『昔と現代の環境の違い』
●『コミュニケーション行為』
○『コミュニケーション行為で考えるアメフト事件』
●『ルールにも疑問が』
○『何が変わり、何が変わっていないのか』

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●『繰り返される若者の事件』
 新潟市で女の子が殺害される事件を皆さんはどう思われたでしょうか。親の顔が見たい。犯人が悪い。パトロールが甘かった。もっと防犯カメラを。でも、同じような事件が繰り返さています。
 アメフトでの危険タックル事件は? 監督が、コーチが悪い、ウソを言っている。除名は当然。学生がかわいそう。
 どちらの事件についてもいろんな人がいろんなことをテレビ、ラジオ、ネット、日常会話の中で、「原因は?」、「動機は?」、「とるべき対策は?」と堂々と発言しておられるのですが、なぜか岩室紳也はどの意見を聞いても納得できないどころか、頭の中で「?????」が増えるばかりです。
 私が尊敬する精神科医の春日武彦先生は「こころを病む」ということを次のように説明されています。

 こころを病むとは、その人の物事の優先順位、価値観が、周囲の人の常識や思慮分別から大きくかけ離れていること。

 高校を卒業し、まじめに地元の企業で働いていた若者が、女の子を連れ去り殺害する。たとえどのような性癖があったとしても、他の人の優先順位、価値観、周囲の人の常識や思慮分別から大きくかけ離れていると言わざるを得ません。
 アメフト事件も、アメフトをしている、アメフトに関わっている他の人の優先順位、価値観、周囲の人の常識や思慮分別から大きくかけ離れた、相手の選手が脊髄損傷、下半身麻痺になってもおかしくない危険タックルでした。
 これらの事件は当事者がこころを病んだ状態に追いやられ、気が付けば加害者になってしまったにもかかわらず、世間はその根本的な原因を、同じことが繰り返されないための方策を究明できていません。このままだと次の犯人を生んでしまう「若者を壊す社会」であり続けるのではないでしょうか。そこで今月のテーマを「若者を壊さない社会を」としました。

『若者を壊さない社会を』

○『原因と結果』
 事件が起こる度に、世間は「原因と結果」、「動機」を追い求めます。しかし、そもそも人を殺すということ自体、どう考えてもその人の物事の優先順位は周囲の、世間の人の常識や思慮分別からかけ離れていると言わざるを得ません。すなわち、「殺人」はこころが病んでいる人の仕業です。われわれが究明しなければならない原因は「なぜこころが病んでしまったか」、なぜ「他の人が思いつかない動機を持ってしまったのか」です。
 アメフト事件についても、例え多大なるストレスが、絶対的指導者からあったとしても、なぜ危険タックルをするほどにこころが病んでしまったのかを考え、その予防方法を考える必要があります。

●『変わってきた部活』
 年配者であれば、昔の男子の部活動、例えば野球部やサッカー部の部室にはエロ本が山積みされていて、部員が集まればエロ話に花が咲くというのが常識でした。しかし、イマドキ男子は部活動で仲間とそのような話はしません。「ウソ~~。あり得ない」と思っている方はぜひ実際に現在部活動のど真ん中にいる若者たちに聞いてみてください。「そんな話、するわけないでしょ」との返事が返ってきます。
 カール・ロジャーズの「人は話すことで癒される」という言葉はストレス解消法としてだけではなく、実は犯罪予防の上で非常に重要な指摘です。一方で男はプライドの生き物であり、コミュニケーションも女と比べると苦手です。そのため、自殺率は女性の倍になっています。そもそもコミュニケーションが苦手な男たちが、仲間とコミュニケーションを図る上で最大のテーマだった「性」さえも語れなくなった結果、周囲の人の常識や思慮分別を学ぶ機会が減ったのではないでしょうか。

○『昔と現代の環境の違い』
 アメフト事件では「昔から気合を入れるために『ぶっ殺してこい』というのは当たり前だった」との声もありましたが、どうして昔は危険タックルをしなかったのに、イマドキ男子はしてしまうのかという話になりません。これは、自分の考えは発言しても、他の視点での発言に学ぶ姿勢がないから、すなわち「自分中心主義」だからではないでしょうか。「この人たちってコミュ障」と思いながら広辞苑を紐解いたら「コミュニケーション行為」という大きな示唆を与えてくれる言葉に出会いました。

●『コミュニケーション行為』
 「コミュニケーション行為」とはハーバーマスという哲学者が紹介した考え方で、「自己中心的な成果を志向する戦略的行為とは異なり、相互に了解を志向しながら強制なき合意形成を目指す言語行為を指す」と書かれていました。
 「自己中心的な成果」というのはまさしく現代社会に生きる多くの人たちが求めていることです。例えば「いじめをなくそう」、「自殺を減らそう」、「犯罪をなくそう」といった成果、目標を志向することは、一見社会正義を実現することなので、誰も異論を挟めません。しかし、一刀両断で、特効薬で「いじめ」も「自殺」も「犯罪」もなくせるのであればともかく、スローガンだけをぶち上げるだけだと、「自己中心的な成果を志向」しているだけです。さらに困ったことに、自己中心的な成果を志向する人たちは、これまた一見多くの人を納得させる「戦略的行為」を繰り返しています。「いじめ撲滅運動」、「SNSで自殺予防」、「(薬物撲滅のための)ダメ、絶対運動」などがその代表的なものです。もちろんこれらの戦略的行為が全く意味がないと言っているのではありません。ただ、「コミュニケーション行為」という視点で見ると、これらの戦略的行為は、本来やるべき戦略的行為のほんの一部でしかないことがわかります。
 「コミュニケーション行為」は「相互」、すなわち「いじめ」で言えば、「いじめる側」、「いじめられる側」、「双方に関わっている一人ひとり」が「了解を志向」する必要性を訴えています。すなわち、「いじめる側」が「いじめている」と思っていなかったり、「いじめられる側」だけが「いじめ」と感じていたり、「双方に関わっている一人ひとり」の受け止め方が異なっていたりという状況はよくあります。ここで重要なことは「コミュニケーション行為」が大事にしている「強制なき合意形成」です。「相手がいじめと感じていたらそれはいじめです」という決めつけも、実は「強制された合意形成」なのです。勉強になります。

○『コミュニケーション行為で考えるアメフト事件』
 監督やコーチが「相手のクオーターバックを1プレー目で潰せば試合に出してやる」と言った。そして選手もそうしなければならないと思ってとんでもないタックルをしてしまった。これは「強制された合意形成」です。繰り返し言われていることですが、昔は同じような上からの指示があったようですが、実際にあのようなプレーはあり得ませんでした。何故でしょうか。

 相互に了解を志向しながら強制なき合意形成を目指す言語行為を指す。

 この言葉を改めて噛みしめてみました。今の時代は、それこそ友達とのコミュニケーションも強制されたものになり、気が付けば不登校やひきこもりになっています。不登校やひきこもりの状態から脱却できた人がなぜ脱却できたかというと、カウンセリングやいろんな人とのかかわりの中で「相互に了解を志向しながら強制なき合意形成」が達成できたからです。不登校やひきこもりにならなかった人たちも、日常生活の中で「相互に了解を志向しながら強制なき合意形成」があったから、何とか我慢して社会生活を送れたのではないでしょうか。
 今回、関東学生アメフト連盟が監督とコーチの除名の判断をしたことに違和感を禁じえません。日本社会に対するアピールをし、「アメフトは決して野蛮なスポーツではありません」ということで焦ったのでしょうが、「教育」というなら「コミュニケーション行為」の視点で、「監督・コーチ」と「選手」の間での「強制なき合意形成」をどう図るべきかを考えてもらいたかったです。

●『ルールにも疑問が』
 さらに、ルールにも疑問があります。「除名」になるようなプレーが行われた時点でその当該選手に対して審判が「一発退場」にしなかったのでしょうか。アメフトで「あのような行為は繰り返されたら退場」という皆さんの認識だったのであれば、そもそもルールに問題があります。それともルールの適応を間違えたのであれば、審判も責任を問われるべきです。

○『何が変わり、何が変わっていないのか』
 実際、監督たちの除名を現役の部員が「当然」とコメントしていたことにも衝撃を受けました。原因と結果のシンプルな思考のまま社会に出ると・・・。この先を書くと「・・・になると決めつけるのはとんでもない」とシンプルに叩かれてしまいます。でも、何が変わり、何が変わっていないのか、何が明らかになっていないのか、何に気づいていないのかを考えてもらえればと思っています。
 岩室はこれらの事件の原因として考えていることがどうも世の中の多くの人が原因として考えていること、すなわち優先順位、価値観、常識、思慮分別の観点から大きくかけ離れているようです。今回取り上げた事件を含め、多くのトラブルは「世間に蔓延しているコミュニケーション障害とストレス対処、克服環境の崩壊」と考えてしまいます。「『潰せ』と言われたけどオレは潰せない。どうしたらいい」と相談できないチームメートは本当のチームメートなのでしょうか。しかし、この発想は周囲の、世間の、マスコミの常識と大きくかけ離れているということは、岩室紳也はこころが病んでいる?
 皆さんが事件を起こさないのはどうしてでしょうか。「指示されてもやらない自信があるから」、「アメフトをやっていないから」ではなく、もっと根本的な原因を追究して、それを世間に広げていただければ「若者を壊さない社会」が少しずつ広がっていくと思います。できることから積み上げたいものです。