紳也特急 232号

~今月のテーマ『ぼちぼちが大事』~

●『生徒さんの感想』
○『なぜ、あの子が』
●『性教育をしっかりやれ』
○『多様性とは』
●『インターネットはリスクを分散させる機能のはず』
○『自分の、他人の弱さに向き合うために』

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●『生徒さんの感想』
 私は将来産婦人科医になりたいと幼稚園生のころからずっと思っています。それは命が始まる場所に立ち会えるということは特別なことだと思ったからです。でも私が小学生の時に両親が離婚しました。理由は父の麻薬の使用です。何年も父のその姿を見てきました。母も気づいていたと思います。だけどしびれを切らして母は父と離婚しました。当時の私はそれ以外にも様々な災難が降りかかり絶望していました。生きることの意味を感じませんでした。父が許せませんでした。
 でも、今日の先生のお話を聞き、父は独りだったんだと気づきました。孤独から逃げるように麻薬をやっていたのだと思いました。今は父のことを許せます。そして改めて産婦人科医になりたいと思いました。「生きる」ことに関わり、出産された妊婦さんだけではなく、そのご家族が幸せになれるようにしっかりとケアをできたらなと思います。
 今日は講演を聞かせていただき、どうもありがとうございました。

 岩室先生は「人は経験からしか学べない」とおっしゃっていました。自分は今までいろんな経験をしましたが、思い出そうとしてもほぼすべての記憶があいまいでした。しかし、自分が失敗したり、後悔したりしたことは覚えていました。
 自分なりの解釈ですが、先生は「失敗から学べ」ということを言っていたんじゃないかと思いました。なので、失敗を恐れず挑戦して、失敗をした時はしっかり学び、次に生かしていきたいと思いました。

 生徒さんたちの感想を読むと、話し手の想い以上のことを感じ、考えてくれているのを教えていただいています。「性教育」というと「正しい知識」を伝えることが大事だと思っている人が少なからずいらっしゃいますが、私はこれらの感想から、生徒さんたちの心に響きそうなことを、おごらず、あせらず、丁寧に伝え続ける必要性を改めて教わりました。感謝です。
 そこで今月のテーマを「ぼちぼちが大事」としました。

『ぼちぼちが大事』

○『なぜ、あの子が』
 最近、性に関する講演を依頼される理由、きっかけが変わってきています。性犯罪について話して欲しいという要望が増えています。また、講演後に個別で「実は、親戚が盗撮で捕まったのですが、すごくいい子だったのです」といった相談が寄せられる回数も確実に増えています。そのよう時、「なぜ」を説明する前に「次のような視点で考えましょう」と投げかけます。
 男性であればご自身に伺います。女性であれば、次に会った身近な人に聞いてみてくださいと。

 絶対にバレないと保証されていたら、あなたは盗撮、痴漢、レイプ、不倫、児童買春はしませんか。
 もししないというのであれば、なぜしないのですか。

 もちろん「する」と答える人は少ないでしょうが、「なぜしない」かを考えてください。盗撮で捕まった人たちはスマホ、パソコンに大量に証拠を残していることからも、「自分が捕まる」という発想さえもありません。それもそのはずです。小さい時から「あなたは余計なことを考えなくてもいいから勉強ができればいいのよ」と教え込まれて結果です。

●『性教育をしっかりやれ』
 11月に開催された日本性感染症学会の発表や質疑を聞いていて呆れてしまいました。「性教育が大事」とわかったような発表や質問をする人が後を絶ちませんでした。一番呆れたのは「HPVワクチンが大事」と目の色を変えて訴えている先生がポロっと、「自分の中学生の娘が『あの注射(HPVワクチン)は危ないのでしょ』と言っているのです」と恥ずかしげもなく話していたことでした。もちろん娘さんはワクチンを打っていないようでした。自分の子どもさえも「教育」できないのに、「日本は世界の恥だ」ときれいごとばかりを並べていました。
 「岩室は『ぼちぼち』などと生ぬるいことを言っているから性感染症が増えている」と怒られそうですが、大事なことは「できる人ができることを」で、「できない人は黙っていましょう」です(笑)。

○『多様性とは』
 同性愛が明らかになると死刑に処せられる国があります。多くの日本人は「それはおかしい」と言うでしょうが、本音ではどうでしょうか。国民に選ばれた代表が「生産性がない」とはっきりおっしゃっています。
 津久井やまゆり園の犯人が「障がい者は不幸をつくることしかできない」と言ったのに対して、多くの人は憤りを覚えたでしょうが、妊娠しているお母さんが血液検査を受け、胎児に障害があることが分かったら96%が中絶を選んでいるというこの制度を日本人が容認しています。この事実を棚に上げて犯人を責めることができるのでしょうか。
 薬物使用者の方が一番ご苦労されるのが、刑務所から出てきた後の「孤独」です。元々孤独から薬物に手を出し、刑に服した後も世間の冷たい目にさらされ、ますます孤独になり、再犯してしまいます。あなたの家庭で、地域で、職場で刑務所を出た元薬物使用者を受け入れてあげられるでしょうか。Noですよね。日本社会は犯罪者も罪を償えば無罪放免ということになるという建前です。しかし、現実には一度犯罪者になれば、一生「あの人は・・・」と後ろ指を指され続けます。
 「多様性を認めよう」と言いながら、実は認めないからこのスローガンの存在意義があるのかもしれません。

●『インターネットはリスクを分散させる機能のはず』
 性犯罪に走ってしまう理由は、性犯罪に走らない理由同様、根っこが深く、決して一つだけではありません。ただ、岩室紳也自身のことを振り返ってみると、もし、いま、痴漢や児童買春で逮捕されたらいろんな人に迷惑がかかるし、いろんなところに影響がでるし、何より、岩室紳也のキャリア、人生が社会的には終わりを迎えることは容易に想像できます。そんなことを考えていると、ふとよぎる性欲を自分で抑え込んでいるのが分かります。
 インターネットを含め、世間にあふれているアダルト映像も、ある意味、性犯罪抑止力となっているところがあります。あり得ないレイプや痴漢の場面をバーチャルなものと理解した上で、AV男優さんが自分になり替わって演じてくれているような錯覚を楽しむこと自体は今の社会では許される範囲となっています。しかし、それを一人で見続けている内に人は現実とインターネットの中のバーチャルの違いが分からなくなり、錯覚から犯罪者になってしまいます。
 そうならないためには、盗撮、痴漢、レイプといったことをしたいと思っている自分と向き合うことが不可欠です。ただ、一人で向き合っていると勘違いが起こるので、いつも話しているように「アダルトビデオは5人以上で見ろ」です。

○『自分の、他人の弱さに向き合うために』
 自分が弱い、未熟な人間だと認めるにはどうすればいいのでしょうか。昨今は「自己肯定感」なる言葉がもてはやされていますが、私自身、この自己肯定感はよくわかりません。
 HIV/AIDSの患者さんたちと、性のトラブルに巻き込まれた人たちと関わり、その人たちのある意味失敗を共有させていただく中で、そしてその人たちが「普通」の人で、岩室自身と何ら変わらないということを繰り返し経験させていただいています。もちろん変な人もいますが(笑)。気が付けば「みんなちがってみんないい」ということが染みついています。
 さらに言うと、小学校6年間、アフリカのケニアの現地の学校にいたことも貴重な経験になっていました。小学校3年生の時に成績が良かったので飛び級をしました。こう書くと、日本では「すごい。勉強ができたんだ」となりますが、ケニアでは「Shinyaは一学年上で勉強した方がShinyaのためになる」というだけの理由でした。その上の学年で教室の一番後ろの席に座らされました。ただでさえ体格が大きい同級生たちでしたので黒板が見えなかった上に近眼がどんどん進むため、先生に「前に座らせてください」とお願いしたところ、次のように言われました。「Shinya、あなたは勉強ができるから後ろでいいの。この子(と同級生の一人を指しながら)は勉強ができないから先生の近くに座っているの、と。

 勉強ができる人がいれば、できない人もいる。
 スポーツが得意な人がいれば、不得意な人もいる。
 肌の黒い人もいれば、黄色い人もいる。

 ただそれだけのことでした。

 犯罪者になった人もいれば、今のところ犯罪者になっていない人もいる。

 そう思える社会であることが求められているはずなのに、人を許さない社会というのはいろんな経験をしていない、まるで子どもだけの社会なのかもしれません。

 情けは人の為ならず。

 改めてこの言葉をかみしめたいと思いました。

今日、2019年12月1日、朝日新聞にでかでかと岩室紳也が出ています!!!