紳也特急 237号

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全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース!

性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
 Shinya Express (毎月1日発行)
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~今月のテーマ『令和の「予防」を考える』~

●『あけましておめでとうございます』
○『痛ましい事故が続いています。』
●『昭和は「正しい知識で予防」の時代』
○『平成は「自己責任で予防」の時代』
●『犯罪予防、事故予防も健康づくり』
○『令和を「お互い様で予防」の時代に』

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●『あけましておめでとうございます』
 今日は、令和元年5月1日。まさしく新しい時代の幕開け初日です。昭和と平成をほぼ30年ずつ生きてきた人間として、二つの時代を振り返り、次の令和で何が求められているのかを考えてみました。

○『痛ましい事故が続いています。』
 87歳の高齢者が運転する車が暴走し31歳のお母さんと3歳の娘さんが亡くなられました。
 青信号で横断歩道を渡って登校していた小学校3年生の2人が車にはねられ1人が亡くなられました。
 神戸市でバスが歩行者に突っ込み、20代の方が2人亡くなられました。
 札幌でタクシーと軽自動車が衝突し、20代の歩行者が亡くなられました。
 犠牲者の方とそのご家族のことを思うと言葉が浮かびません。皆さんはこれらの事故、事件をどのような視点で注目されていたでしょうか。私は犯罪予防も健康づくりと言い続けているように、これらの事故、事件にも予防という視点が必要だと思っています。

 2015年10月26日、「ポケモンGO」をしていたトラック運転手に、横断歩道を渡っていた小学校4年生の男児がはねてられ亡くなられた事件を記憶されているでしょうか。
 2018年6月5日に東名高速であおり運転、高速道路上での強制停車の結果、トラックが突っ込み、その場にいたお子さんのご両親が亡くなられました。この事件に対して懲役18年の判決が出た時、専門家が「立法時の想定から外れた」や、「判決には一定の抑止効果がある」といった論評をしていました。私は思わず、法律にどれだけ抑止力があるのだろうか。そもそもニュースも見ていない人が増えている中で事件のことを知らない人が多いのではと思っていました。
 高齢者の交通事故の問題はかなり前から話題になっています。ポケモンGOはともかく、運転中にスマホをいじっている人は後を絶ちません。インターネット時代は情報氾濫社会と言われていますが、自分が興味を持ち、直接アクセスしないとその情報に触れることもできず、情報が持つ抑止力も期待できない時代になりました。もちろん高齢者は早く免許を返納し、運転手は前方に注意をし、信号を守ることは確かに正解です。しかし、そのようなきれいごとをいくら言い続けても次なる犠牲者を減らす効果は限定的です。
 今日から「令和」という新しい時代になりましたが、これまでのきれいごとの、あるべき論の予防策ではなく、より実効性のある予防策を考える必要があります。ということで今月のテーマを「令和の『予防』を考える」としました。

『令和の「予防」を考える』

●『昭和は「正しい知識で予防」の時代』
 昭和は様々な技術の革新、発展だけではなく、様々な分野で原因と結果の関連性が明らかになった時代でした。塩分の取り過ぎで高血圧になり、高血圧の人たちは脳卒中になる確率が高いことが明らかになり、医者になったばかりの私は塩分を減らすための健康教育をしたり、尿中の塩分測定をして減塩を促したり、血圧を下げる薬を処方したりしていました。住民の方を、患者さんを正解にどう近づけるかを考え、教育をし、治療をすることが医者の仕事だと思っていました。

 正しい知識を持ちましょう

 この言葉をどれだけ使ったことでしょう。しかし、正直なところ、私の健康教育で血圧が下がった人はいなかったと思います。この「正しい知識を持ちましょう」という言葉は健康づくりのみならず、様々な普及啓発活動に従事している多くの人たちが、いまだに、何の疑いもなく、伝え続けている言葉です。

○『平成は「自己責任で予防」の時代』
 平成になるとインターネットに様々な情報があふれた結果、人はその中から正しい情報を取捨選択できていると勘違いするようになりました。情報を伝える側もパソコンを駆使し、きれいな、情報がいっぱい詰まったスライドを作成し、一所懸命健康教育を行うようになりました。受け手側の住民も研修会に出かけたり、自らインターネットの中から自分なりの正解を見つけ、飛びついたりするようになりました。その結果なのか、不思議と医療に間違いはないと勘違いをし、前立腺がん(PSA検診)のように国も推奨していない検診が幅を利かせるようになりました。
 確かに日本人の平均寿命は延びる一方だったので、平成という時代は一人ひとりが健康になった時代と言えます。しかし、なぜ平均寿命が延びたのかを皆さんは理解されているでしょうか。地域別にみれば、平均寿命が延びた地域もあれば、平均寿命の全国順位がどんどん下がっている地域もあります。
 小学3年生が車にはねられた事故を受け、「なぜ大人たちが通学路に立っていなかったのか」とネットで指摘する人がいました。しかし、その人は2017年に島根県益田市で登校の見守り活動の最中に車にはねられて亡くなられた方の事故をご存じないでしょう。見守る大人が立っていれば、その方が犠牲になったかもしれません。

●『犯罪予防、事故予防も健康づくり』
 先日、陸前高田市の広田診療所の岩井直路先生に「本人も家族も地域も良かったと思える人生にするために」というお話を聞かせていただきました。そして、「良かったと思える人生」について果たしてどれだけの人が考えているのだろうかと改めて考えさせられました。
 人間の死亡率は100%です。亡くなる原因はがん、心臓病、脳卒中、事故、など様々ですが、死なない人はいません。たとえ長生きをしても、人生の成功者と言われても、交通死亡事故死の加害者になれば、とても「良かったと思える人生」とは言えません。
 事故の、事件の加害者の責任を否定するつもりは毛頭ありません。しかし、正しい知識があっても、自己責任を追及しても、犯人に刑罰を与えても、事故の、事件の犠牲者になって命を落としてしまえば被害者も、そのご家族も一瞬にして「良かったと思える人生」ではなくなります。

○『令和を「お互い様で予防」の時代に』
 健康づくりの世界では「信頼」「つながり」「お互い様」の三要素がそろった中で暮らしている人は健康で長寿だということが証明されています。それだけではなく、犯罪も減ることが明らかになっています。誰かを責め、「あなたが悪い」と言い続けているだけだと、次の犠牲者はあなたに、私になるのかもしれません。

 人は経験に学び、経験していないことは他人ごと

 この言葉は平成が教えてくれた名言です。昭和から平成にかけて人間関係が希薄し続けてきた結果、気が付けば他人ごと意識が蔓延するようになりました。令和の時代は、この他人ごと意識を払拭し、他人の経験に学び、「お互い様」の意識が持てる関係性を再構築し、気が付けば様々な分野で「予防」が進む時代にしたいものです。対策と結果がわかりやすく直結していないことに挑戦することが求められている難しい時代になりました。でも、急がば回れ。できることを、できる人が、積み重ね続けましょう。