紳也特急 238号

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全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース!

性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
 Shinya Express (毎月1日発行)
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~今月のテーマ『困った時』~

●『生徒の感想』
○『金欠への対処』
●『いのちとこころの支援』
○『考え続けるために』
●『HIV/AIDSになって何が悪い』
○『「なぜ?」と思う自分が恥ずかしい?』

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●生徒の感想
 私はずっと前からセックスとか、大人になってもしなくても子どもはできるものだと思っていました。でも、今日、岩室先生の話を聞いてセックスとかをしなければ子どもは生まれてこないということに改めて気づかされまし
た。(中3女子)

 岩室先生は女の人の気持ちがよくわかってくれていてえ、聞いていて安心しました。「女の人はHをしたくない」本当にそうだなと思いました。自分だけなのかも・・・と思っていたので、とても安心しました。(中3女子)

 「何で女が好きなの?」という質問を聞いて、そんなことを考えたことがなかったので、とても心に残りました。男だったら全員が女の人のことが好きという偏見を自分の心の中で持っていたんだということに初めて気づきま
した。(中3男子)

 私は今回の講演会を聞いていて、とてもびっくりしました。今まで思春期についての講演会では多くはスライドなどを使用して、病気になる原因のウイルスの感染の仕組みなどを見たりするもので、今回のように、あまり口に出して言えないような言葉を使わず、科学的な用語を使ったり、直接的に言わないようにする講演会ばかりでした。しかし、岩室先生は「下ネタ」の中に入るようなワードを何ごともなかったかのようにスラスラ話しているところを見て非常に驚きました。先生がしていらっしゃったネクタイもこの講演会に関係のあるものですが、ネクタイとして使いづらい模様のもので恥ずかしくないのかなととても不思議に思ってしまいました。ですが、講演を聞いているうちに、恥ずかしいと思うのはおかしいことなのかもしれないと思いました。実際に恥ずかしいと思って病気のことを相談したり、思春期のこと
について話ができないと自分が困ってしまうことがわかりました。(中3女子)

 私の話だけではなく、いろんな話を聞くと、それまでの自分の思いの未熟さに気づき、次なるステップに踏み出せると思いませんか。最後の感想の「自分が困ってしまう」という言葉にハッとさせられました。広辞苑で「困る」を調べると、①どうしてよいかわからず苦しむ。また、物事の対処や始末に悩む。困惑する。迷惑する。②金銭や物資などが足りず苦しむ。困窮する。とありました。
 困った時、苦しい時、その状況からどう脱するのかは一人ひとり違います。他の人と話すだけで、気が付けば困りごとを乗り越えられる人もいれば、「相談」という形で他の人を頼れる人、その状況から逃れるためひきこもるという選択肢を選ぶ人、自らの命を絶つだけではなく、多くの人を巻き込む人もいます。その違いは何なのかを考えるため、今月のテーマを「困った時」としました。

『困った時』

○金欠への対処
 金銭や食料、日常生活品等が足りず苦しくなった時、あなたならどうその状況を乗り越えますか。支出を抑える。頑張って働く。泥棒。振り込め詐欺に加担。確かにいろんな選択肢があります。振り込め詐欺で年間何百億というお金が騙されていることだけがクローズアップされていますが、そもそもそのような犯罪に手を染める人と、染めない人の違いは何なのでしょうか。育ち? 環境? 仲間? 本人の資質や障害? 社会?

●いのちとこころの支援
 千葉県浦安市で「いのちとこころの支援対策協議会」の会長をさせていただいています。主な目的は浦安市としての自殺対策について協議することですが、自殺というと多くの人は他人ごとと思ってしまうことと、そもそも自殺というのは命が失われるだけではなく、その背景に心の病の問題もあるため、幅広く「いのちとこころ」をどう支援するかという視点で議論を重ねてきました。
 今回、川崎市登戸で起きた事件は殺人事件でもありますが、自殺でもあります。大量殺人事件と言えば大阪池田小学校の事件、相模原の津久井やまゆり園の事件、東京秋葉原の事件、オウム真理教の事件など、忘れられない事件が繰り返されています。しかし、なぜこのような事件が繰り返されるのかを追求し続けている人はどれだけいるのでしょうか。犯罪心理学の先生たちはいろいろ考えてくださっているのでしょうが、川崎の事件の報道でのコメントを見聞きしながら、事件の根っこのところまでを考え続け、追求し続けている専門家もマスコミ関係者もいないのではと思ってしまい、殺人や自殺を「予防」という視点から考えている人は本当に少ないと思わざるを得ません。

○考え続けるために
 なぜか岩室紳也の頭の中には「なぜ」「何故」「??」がいつもあります。
 なぜ人は自殺をするのか?
 なぜ人は泥棒をするのか?
 なぜ人はセックスをするのか?
 なぜ人はひきこもるのか?
 なぜ人は他人を殺せるのか?
 このように明確な答えがない問題を考え続けていると、本当に少しずつですが、自分の中で答えが見えてくるように思っています。しかし、これを一人だけでやっているとどうどう巡りにもなりますし、行き詰まります。考えることを放棄すれば楽になれるのでしょうが、性分なのか悩み続けています。そして、いろんな人と話す中で自分の中の混乱を整理してもらったり、次なるステップへのキーワードをもらったりしています。すなわち、他の人と話すことが次へのステップだけではなく、自分自身の(「なぜ」「何故」「??」への答えがないという)困りごとの解消になっています。まさしく中3の女の子「実際に恥ずかしいと思って病気のことを相談したり、思春期のことについて話ができないと自分が困ってしまう」という言葉の通りです。

●HIV/AIDSになって何が悪い
 6月から東京都が配信するHIV/AIDSのYouTubeの収録がありました。そこで私が「HIV/AIDSになって何が悪いの」と発言したらブルボンヌさんから「そんなことを言う医者に会ったことがない。岩室さんの考え方、姿勢に感動した」と言っていただきました。で、ふと「なぜ岩室紳也はそのように考えるようになったのか?」と考えてしまいました
 HIV/AIDSにならない方がいいのは当たり前のことです。
 でもHIV/AIDSになる人がいることも事実です。
 ではHIV/AIDSになった人はどのような人なのでしょうか。

 誰かとのセックス、誰かとの薬物の回し打ち、HIVが混入した輸血、HIVに感染している人に刺青を入れた時に使用した針や墨を使われた人のいずれかです。

 こう考えると、「誰もがHIV/AIDSになる可能性があるよね」となります。しかし、そう考えられない人は次のように考えるのではないでしょうか。

 コンドームを使わなかった人。
 男同士でセックスをした人。

 どちらも事実かもしれませんが、誰だってコンドームを使わないセックスをすることがあるでしょうし、そもそも異性愛者が正しく、同性愛者が異常という発想自体が変です。でもこうやって、とにかく他人ごとにしようとする無意識が働き、岩室であれば「間違った正解」と思ってしまう考え方を自分の「正解」として作り上げ、その時点で考えることを放棄する人が多いようです。本当は「自分はなぜ異性愛者なのか?」と考えて欲しいのですが、「異性愛者が正しい」という答えを手に入れた人はやはり考えること、深掘りをすることを放棄します。

○「なぜ?」と思う自分が恥ずかしい?
 岩室紳也は人に「なぜ?」と聞くのは平気ですが、「なぜ?」と聞かれるのが怖い人が多いことも実感しています。相手が何かを発言し、そのことを岩室が理解できないと「どうしてそう思うのですか?」と素直に聞いているつもりです。この言葉を正確に、すべての思いを込めて表現すると「どうしてそう思うのですか?私にはそのような発想がありませんでした。ぜひどうしてそのような発想が生まれたのかを教えてください」というつもりで質問をしています。しかし、聞かれている方は「どうしてそう思うのですか?バカじゃない」と言われているように感じることもあるようです。コミュニケーションのむつかしさと言ってしまえばそれまでですが、すぐ、自分なりの答えを出す習慣が身についている人は「岩室紳也はこういう人」とか、「どうして?」と突っ込まれた時、上手く答えられないと「恥ずかしい」と思い、その恥ずかしさから逃げるための答えを探そうとしているように思います。
 あらためて中3の女の子の言葉を紹介します。

 恥ずかしいと思って病気のことを相談したり、思春期のことについて話ができないと自分が困ってしまうことがわかりました。

 恥ずかしいという思いはいい意味でブレーキになることもあります。しかし、時として自分を困った状態に導いてしまうこともあるようです。それを乗り越えるためにも、いろんな人と恥ずかしさを共有できる環境をつくり続けたいと思いました。中3の女の子に感謝です。