紳也特急 241号

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全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
 Shinya Express (毎月1日発行)
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~今月のテーマ『愚者と賢者』~

●生徒の感想
○「賢い」とは
●「へりくだる」とは
○混乱の原因は岩室に
●事業をこなすな
○皮肉
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●生徒の感想
 岩室先生はいつも「どうして?」と聞いていらっしゃいました。他の人にたずねている時に答えを私も考えていましたが、「だって当たり前だから」とか「だってそれが普通だから」と自分の中で出てきました。でもそれではダメで「当たり前」とおもっていたことに立ち止まって疑いを持ったり、考えたりすることはとても大切だと思いました。(高校2年女子)
 
 自分はレイプもの、同人誌などで抜いていたので、今回の講演会でだいぶショックを受けました。これからは控えます。(高校2年男子)
 
 私は“早く自立したい”と今まで思っていました。しかし、実際は自立することは不可能なんだなと思いました。一人で何もかもできる人はいないし、みんな誰かの助けや支えを必要としていることに気づきました。困ったことや辛いこと、嬉しいことも楽しいことも、話せる友達がいるから“笑顔の私”がいるんだなと思うと、友達の偉大さに気づかされました。時には迷惑だと感じることもあるけれど、そう思えることが幸せなんだと思います。非行に走ってしまう友達と自分も同じことをするのではなく、ダメだということがその友達のためにもなります。なので、私は友達にとって迷惑だと思われても、正しい道を教えてあげようと思います!(高校1年女子)
 
 自分はとてもあいまいに物事を考えてしまう人なので、人に何か聞かれたら「わからない」と言ってしまうことも多いし、アンケート調査の時でも選択するところに「わからない」があったらそこに〇をしてしまうことが多いです。しかし、これからは「わからない」とは言わず、何でもいいから答えることが重要なんだなと分かりました。(高校1年男子)
 
 話の中で自殺の話題がありましたが、自殺をすれば周りの人が悲しむということに気づかされました。私は生きることへの執着心が昔から薄く、いつ死んでもいいと思っています。自傷行為にも抵抗はないです。だけど、私はもっと生きることを楽しみたいと思っていました。命の大切さがわかればもっと大切にできると思いました。岩室医師は経験からしか人は学べないと言っていました。私はずっとどうすれば生きたいと思うことができるかを考えていたので、まずは誰かの葬式に行く機会があった時、命を失う悲しみというものを経験しようと思います。(高校1年女子)

 生徒さんの感想は本当に勉強になります。もちろん感想では把握できない、「何言っているかわからない」という生徒さんもいるのでしょうが、若者以上に大人たちの反応にいろいろと学んだ夏でした。
 大人向けに「人は経験に学び、経験していないことは他人ごと」と話したところ、次のような反論がありました。「ビスマルクが『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ』と言っていることと違う」という指摘でした。そこで今月のテーマを「愚者と賢者」としました。

愚者と賢者

○「賢い」とは
 言葉というのはいろんなことを考えさせてくれます。「愚者と賢者」と聞くと、自分はどっちだろうと考えてしまいます。何となく自分は愚か者、すなわち愚者なのかなと思いましたが、いつもの癖で広辞苑を紐解いていました。

「賢い」
 (1)おそろしいほど明察の力がある。
 (2)才知・思慮・分別などがきわだっている。
 (3)(生き物や事物の)性状・性能がすぐれている。すばらしい。
 (4)抜け目がない。巧妙である。利口だ。
 (5)尊貴である。たいそう大事である。
 (6)(めぐりあわせなどが)望ましい状態である。よい具合である。
 (7)(連用形を副詞的に用いて)非常に。はなはだしく。

「愚か」
 (1)知能・理解力が乏しいこと。ばか。あほう。
 (2)程度が劣ること。おろそか。
 (3)ばかげていること。
 
 この「賢い」や「愚か」の記述を読むと、賢者とは到底名乗れず、でも愚者と言われることに抵抗を覚えます。もしかしたら意見をくださった方が「愚者」と言われたことにカチンときたのかなと思ったりもしました。でも、自分のことを「賢者」と呼ぶのもいかがなものかと思ってしまいますよね。どちらかと聞かれると少しへりくだった感じで「愚者」というか「愚か者」と言うと思います。

●「へりくだる」とは
 またまた言葉遊びをしてしまい、「へりくだる」を広辞苑で調べると「他をうやまって自分を低く扱う。謙遜する」とありました。ついでに勉強になったのが、「へりくだる」は漢字で「謙る」、「遜る」と書くとのことでした。「謙遜」の両方の漢字が「へりくだる」のひらがな読みだったのを今更ながら知り、本当に一生勉強だなと思いました。「謙遜」を広辞苑で調べると「控え目な態度で振る舞うこと。へりくだること」とありました。
 自分自身を「愚者」だと言った場合、それは少なくとも「他をうやまって自分を低く扱う」でもありませんし、「控え目な態度で振る舞う」や「へりくだる」でもないと思います。ビスマルクの言葉に学べば自分自身が経験にしか学べておらず、とても「賢者」とは言えず、やはり「愚者」なのかなと思いました。
 「人は経験に学び、経験していないことは他人ごと」という言葉は岩室紳也自身の経験から出てきた言葉でしたので、そのことをきちんと伝えなければ、ビスマルクの言葉とダブらせて考え、自分を愚者呼ばわりされたと思う人が出ても仕方がないと反省させられました。

○混乱の原因は岩室に
 さらに反省させられたのが、「目から入る情報はわかったような気になるが、耳から入る情報は想像力を育み記憶に残る」と言いながら、岩室は大人たちにはPowerPointで話し、若者にはマイク一本で話していることでした。
 
 生徒の感想
 パワーポイントを使わないのは珍しいですが、この感想用紙を書いている時、思い出せることが多く、私にも効果があったと思います。(高校1年女子)
 
 生徒さんには岩室自身が経験に学んできた話をしつつ、「人は経験に学び、経験していないことは他人ごと」を伝え、思いが伝わっているという手ごたえがあったのですが、大人にはこの言葉をPowerPoint、すなわち目から入る情報としてしか伝えていませんでした。それだと、PowerPointを見た人はその人なりの解釈をしてしまうということを改めて突き付けられました。
 しかし、これまで今回のような反応はありませんでした。なぜかと考えてみるといろんな要素が絡んでいました。大人向けの講演をするときは同じスライドを使っても、話し言葉でなぜ「人は経験に学び、経験していないことは他人ごと」となるかについて少し時間をかけて説明をしています。しかし、今回の反応は日本思春期学会のワークショップ「これからの学校におけるインターネット・情報モラル教育」での出来事でした。座長でもある私の持ち時間は25分だったのですが、他の演者が時間をオーバーし、結果的に25分で話す予定の話を15分弱で話していました。当然のことながら詳しい説明を抜きに、目から入った情報だけが印象に残ったようでした。

●事業をこなすな
 私は公衆衛生の世界で常々、「事業をこなすことを目的にしないで、事業の狙いが何かを考えましょう」と言い続けています。ところが今回のワークショップで岩室は座長として与えられた1時間30分という時間をどうこなすかだけを考えていました。ディスカッションの時間を残すべく、自分の講演時間を端折り、いい気になっていました。さらに「岩室先生の話はいつ聞いてもいいですね」と、何度も私の話を聞いてくれている人からの声で「短くてもちゃんと伝わったんだ」と勘違いをしていました。でも、私の話を初めて聞いた人の中には「???」しか残らなかったのです。若い人たちには「事業をこなすことを目的にしてはいけない」と言いつつ、実は自分自身が座長として、ワークショップを無事こなすことしか考えていなかったことを反省させられました。

○皮肉
 もう一つ反省させられた反応がありました。先に書いた「目から入る情報はわかったような気になるが、耳から入る情報は想像力を育み記憶に残る」というのに対して、「発達障害の子どもたちには視覚情報は必要不可欠なのでどう考えればいいのか」という指摘でした。もちろん目から入る情報をすべて否定しているわけでもないのですが、十分な説明をしないで話すと、受け止める側の思いを独り歩きさせてしまい、予想だにしない誤解を生むということを改めて経験させていただきました。
 「これからの学校におけるインターネット・情報モラル教育」の座長という大役を引き受けながら、若者たちのSNSやネットのトラブルと全く同じことを自分がしでかしてしまったというのはすごい皮肉であるとともに、貴重な経験でした。
 
 「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」
 
 さてあなたは・・・・・・・・。岩室は間違いなく「愚者」です。