紳也特急 242号

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全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
 Shinya Express (毎月1日発行)
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~今月のテーマ『話し言葉が伝わらない社会』~

●『生徒の感想』
○『インターネットは情報が詰まっただけのサイト』
●『伊丹空港ナイフ事件がなぜ起きた?』
○『口頭の注意耐えられず』
●『短いセンテンスで』
○『耳から情報を入れる機会が激減』
●『目から入る情報はスルーされている?』
○『聞く前に自分の中に正解がある』
●『正解依存症』

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●生徒の感想
 友達との何気ない会話がどれだけ心を支えているかを改めて実感した。自分の悩みを解決してもらえなくても、ただ話を聞いてもらえるだけで充分であると知った。これは、実体験として家族や友人に「今日、〇〇なことがあって…」などと打ち明け、仮に打開策が見つからずとも心のもやもやがスッと消えていくような感覚になったことがあるのを思い出したからだ。自分の中にある負の感情は外に出すことで自分以外にも共有でき、楽になるのではと考えた。これによってその後の行動が変わり良い方向に進んで安心したこともある。仮にヒートアップしてしまっていた場合、聞いてくれた人が止めてくれる可能性もある。そういう人を大切にしたいと思った。(高1男子)
 
 I have attended many events, such as this one, but this is my first, told from a Japanese point of view. He did something that many people fail to. He captured the attention of a flock of high school students. This allowed him to get his points across easily. Marvelously done. From what I understood he came across many subjects in a relatively short amount of time, seemingly without missing any detail, in a calm and steady tempo. He touched on taboo subjects such as aids, sexuality, drugs etc. From what I understood these subjects are rarely discussed in Japan, in my opinion, hi did a great job breaking down the walls, high school students are keen to put up, creating a sort of bond of trust between him and the students, enabling him to teach the students about things otherwise not bought in school in Japan. (Just a foreigner’s perspective. )(高校1年男子)
 この生徒さんの聞く力は完ぺきではないかと思うぐらい、私の講演の分析は素晴らしいと感動しました。
 
 思ったことははっきりと言う。「分からない」という答えは私もよく使うけど、心の中に絶対違うと思っている答えがあったりします。私はそういう時恥ずかしくて言えないことが多いけど、思っていることを相手にしっかり伝えていきたいと思いました。(中3女子)
 
 マイク一本の講演にこだわって生徒向けに話し続けていますが、だからこそこのように考えた結果としての反応が多いように思います。
 「目から入る情報(PowerPoint等)はわかったような気になる。一方で耳から入る情報(会話、等)は想像力を育み記憶に残る」という言葉があります。九州大学の精神科の元教授の北山修先生の言葉です。カールロジャーズは「人は話すことで癒される」と教えてくれています。私の話を聞きながらいろんなことを考えてもらえているのかなと思えると、これからもマイク一本の講演にこだわりたいと思います。
 しかし、最近、この話し言葉が伝わらないことが原因でトラブルが起きていないでしょうか。そこで今月のテーマを「話し言葉が伝わらない社会」としました。

話し言葉が伝わらない社会

○インターネットは情報が詰まっているだけ
 伊丹空港でナイフが保安検査を通ってしまった事件が起きた9月26日、私は北海道千歳空港から羽田に向かっていました。千歳空港で「伊丹空港に向かう飛行機が4時間遅れ」という放送が入っていましたが理由は語られていませんでした。事件を知ったきっかけは、千歳から帰ったその足で近所の行きつけの飲み屋さんに寄ったこと。その店主とはその前日、羽田空港行きのバスで一緒になり、彼はJAL、私はANAと羽田では別々のターミナルでした。
 店主:岩室さんは大丈夫だったのですか?
 岩室:何の話?
 店主:ANAは伊丹空港で大混乱でしたが私はJALだったので大丈夫でした。
 岩室:そういえば千歳空港でも伊丹行きが大幅に遅れていましたね。
 こんな会話があったので帰宅後、インターネットで調べて事件のことを詳しく知ることとなりました。しかし、翌日の読売新聞の横浜版には事件は記事にさえもなっていませんでした。もしその飲み屋に寄らなければ、私はこの事件のことを知らず、今回のテーマも違ったものになっていたことでしょう。もっとたどると、日常的に行きつけの店をつくり、その店主と仲良くなり、顔が見える関係性をつくっていたから今回のテーマにたどり着くことができました。
 確かにインターネットには様々な情報があり、自分から積極的に情報にアクセスすると余計な情報まで入手することが可能です。しかし、9月28日に関西で講演した際にこの事件を知らない人が多数いました。これもまた事実です。

●伊丹空港ナイフ事件がなぜ起きた?
 伊丹空港ナイフ事件とは、空港の保安検査でナイフを持っていることが判明した男性をそのままナイフを回収することなく通過させ、大混乱となった事件でした。報道によると「保安検査員は、男性から「これはええねん」と言われ、通過させたと話している」とのことでした。それに対してネット上では様々な書き込みがありました。「馬鹿な関西オッサン一人の為に大混乱だね。『これはええねん』という自己中心的な発言」といったこの男性を責めるツィートや、「わかってて通した係員を処罰しなきゃ、誰だ、名前と顔を公表して欲しい」といった係員を責めるツィートばかりでした。しかし、問題の本質はもっと違うところにあるのではないでしょうか。そもそもこの係員はこの男性が話している言葉をそのまま信用してしまったり、そもそも会話が苦手でその場をスルーしただけだったりという可能性を考えなくていいのでしょうか。

○口頭の注意耐えられず
 2015年4月17日の読売新聞の人生案内というコラムに「口頭の注意耐えられず」という相談がありました。
 「大学生の女子。18歳です。人から注意されたり、自分の考えを否定されたりすることが耐えられません。私の考えや行動を肯定してくれないと嫌なのです。私に注意をするなら、紙に書いて渡してくれればいいのに文字ならば大丈夫なのに、声で言われるとどうして拒絶してしまうのでしょうか。」
 確かに耳から言語情報を入れることが苦手な人がいます。そのような特性や障害を抱えている場合はその人に合ったコミュニケーションを考えてあげる必要があります。しかし、対面での会話が減り、SNSでのやり取りが増えた結果、いわゆる健常者でさえも聞く力が低下しているのではないでしょうか。今回の保安検査の係員も「これはええねん」と自分の判断を否定されたわけです。その状態になった時に「早く行って」、「あんたに対応するのは『無理』」と思ったのではないでしょうか。

●短いセンテンスで
 言葉による思いの伝達方法がどんどん変化していることを日々感じさせていただいています。先日、ある雑誌に依頼された原稿を提出したところ、「一つ一つのセンテンスが長いので、読者に合わせて短くしてください」との注文を受けました。確かにSNSでのやりとりは短文の連続です。SNSに慣れている人にとって長い文章は苦痛になるらしく、ちゃんと読んでもらえないので短文の連続にして欲しいとのことでした。
 目から入る情報と耳から入る情報の違いにしか関心がなかった自分自身を大いに恥じました。時代はどんどん変化し、目から入る情報ももはやSNSに大きく影響されていることを思い知らされました。となると、耳から入る情報はもっと危機的な状況ということになりませんか。

○耳から情報を入れる機会が激減
 ラジオを聞く若者が激減しているだけではなく、テレビやYouTubeといった媒体でも耳から情報を入れる機会が減ってきています。最近、多くの番組で出演者の言葉にテロップを付けて放送しています。もちろん聴覚障害の方々への配慮という点では適切な対応ですが、聞かなくてもテロップを読んでいれば情報が入ってきます。すなわち、想像以上に耳から情報を入れる機会が減り、その結果として聞く力が低下していると危惧されました。

●目から入る情報はスルーされている?
 「目から入る情報はわかったような気になる」のは文字情報の中に答え、正解が示されているからです。例えば「コンドームの使用は性感染症予防に有効です」という文字を見た瞬間、「コンドーム」の「使用」は「性感染症予防」に「有効」という流れが認識できます。ところが、全く同じ情報を耳から入れるとどうなるでしょうか。
 「コンドーム」ってセックスの時に使って避妊や性感染症の予防になるゴム製品だったよね、何、それを「使用」と言っても使ったことがないのでどうやって使うかを教えてもらわないとわからないし、「性感染症」ってそもそも病気なの。だとするとどのような症状があるんだろう。そもそも「予防」と言われても何がどうなっているのかよくわからないので「有効」と言われてもなぜ有効なのかもわからないからもっとちゃんと教えて欲しい、とならないでしょうか。
 要するに目から入った「コンドームの使用は性感染症予防に有効です」という情報はなんとなく正解をもらったような気になる、わかったような気になるだけで、実際にはわかっていない自分のことをスルーすることができる方法なのです。

○聞く前に自分の中に正解がある
 目、視覚から情報を入れることが習慣化されていると、自分の中に完全な理解が成立していない情報であっても、何となくわかったような気になってしまいます。保安検査場でどのようなやり取りがあったかはわかりませんが、「ナイフ」と言われて反応したものの、「これはええねん」と言われたらあまり考えることなく「いいんだ」と思ってしまったのではないでしょうか。これまで正解を押し付けられ続けていると、相手、それも自分より年配者が「これが正解」と言われたことに対して、「それって違うんじゃないですか」という疑問を挟むことは想像だにしなかった、できなかった人であれば、「そうなんだ」と素直に受け止め、「(どうぞナイフを持ったまま)ご通過ください」となっても不思議ではないと思いました。
 「いやいや、ナイフは持ち込み禁止であって、持ち込みを阻止するために保安検査場があるのです」と思ったあなた。実はそう思えるあなたは相当高度なトレーニングを受けてきた方なのです。「ナイフ」と聞いた瞬間に「持ち込み禁止物品」を「係の私が、お客さまが不愉快にならないように伝えた」結果として、「了解しました」という回答と共に「ナイフを回収する」という行動に出ることが求められています。ところがそのような思考の連続性がないと「これはええねん」となると「そうですか」となり、結果として今回の大騒動となったのではないでしょうか。

●正解依存症
 学校の授業で教わることはほぼすべて「正解」にどうたどり着くかということです。そのため、「正解」を与えられると思考がストップし、そのことを受け入れるように訓練されていないでしょうか。岩室が常々言っている「前立腺がんのPSA検診は過剰診断と5倍の見落としがある」と言っても、「がん」という正解にしか目が行かない泌尿器科の先生たちは、「『がん』の『検診』をして何が悪い」となり、それ以上議論になりません。「PSA検診はええねん」と言っている大御所たちのことを信じて疑わないのは「正解依存症」の日本国民の共通の課題なのかもしれません。ぜひ、今回の事件に学び、正解依存症からの脱却を目指したいものです。