紳也特急 249号

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全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
Shinya Express (毎月1日発行)
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~今月のテーマ『ロックダウンではない「外出自粛」の意味と今後』~

●『外出自粛要請の意味と副作用』
○『日本人はちゃんと衛生的な行動をしている』
●『「HIV感染予防に割礼」という欧米流公衆衛生』
○『日本人に合った対策を』
●『先生はマスクをしないのですか』
○『優先順位』
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●外出自粛要請の意味と副作用
 人と人の接触を80%減らせば終息へ。
 何も対策を講じなければ死者40万人。
 いろんなことが発信されていますが、皆さんはこれらの情報をどの程度信じていますか。仕事もなくなり、発表されるデータ、発信されるインターネットやSNS等の情報を拝見しながら、少し引いた立場で、客観的に今の状況をどう考えるべきなのか、日本はどこに行くのだろうかを考え続けています。その中で一番気になるのが外出規制、ステイホーム週間といった人と人の交流を遮断する対策の意味と副作用です。確かに人と人が接触しなければ、人が媒介物(fomites)となって広がる感染経路は断てます。しかし、人と人が接しないことで経済の疲弊どころか崩壊、DVや虐待の増加、教育の遅れ、等が現実の問題になってきています。
 元々中国で始まったロックダウンを欧米諸国が取り入れていく中で、日本も右に倣えをしたようにも見えますが、それほど厳しいものではなく、「外出自粛」にとどまっています。感染拡大がある程度コントロールされつつある今こそ「外出自粛」の意味、意義、成果と今後について考えるべきです。そこで今月のテーマを「ロックダウンではない「外出自粛」の意味と今後」としました。

ロックダウンではない「外出自粛」の意味と今後
 
○日本人はちゃんと衛生的な行動をしている
 先の専門家委員会の先生の「何も対策を講じなければ死者40万人」と言う発想は日本人を、日本の公衆衛生(ここでいう公衆衛生は専門家主導のではなく、日本人一人ひとりの衛生概念、衛生行動という意味です)を理解されていないから仕方がないと思います。おそらく海外で作られた、それこそ「衛生」という概念がない地域で作られたモデルで推計をされたのでしょう。それとも「日本人は脅さないとダメ」と敢えて40万人という数字を出されたのでしょうか。
 日本人は家に入る時は靴を脱ぎ、飲食店だけではなく、夜の繁華街でこそお手拭き、おしぼりが当たり前、手洗いの時に蛇口の栓をひねらないように多額のお金を払って自動水栓を広めるだけではなく、トイレの扉も自動。他人に感染させないため自らの感染リスクを無視してマスクをつけている日本人に対して本当に失礼です(笑)。今回、政府がロックダウンではなく外出自粛にとどめたのも、一応国民の衛生行動を理解しているからだと考えています。

●「HIV感染予防に割礼」という欧米流公衆衛生
 では、海外での公衆衛生の視点はどのようになっているのでしょうか。私自身、1994年に横浜で開催された第10回国際エイズ会議での議論が忘れられません。オーストラリアの医者が「アフリカでのHIV感染拡大を防ぐために割礼、包茎の手術が有用である」という発表をしました。確かに統計学的には有用だと証明されているのですが、私は「ほかに手段があるだろう」という思いでした。何より「コンドームが普及すればいい」と思っていましたが、「そんなコンドームを誰が提供し、誰が使い方を教えるのか」と言われてしまうと「ごめんなさい」となってしまいました。「割礼をしなくても剥いて洗っていれば包皮内の炎症は予防でき、感染リスクも下げられます」と話をしたら、やはり「それを、誰が、どう伝えるのか。風呂もないぞ」と反論されました。すなわち、「理屈や理想より現実を」ということでした。それが移民を含め多くの貧困層、教育が浸透していない国民を抱えている、あるいはそのような地域を支えている欧米の公衆衛生関係者の立ち位置です。だから欧米の多くの地域ではロックダウンという選択肢になったと考えています。
 もう一つは欧米人が変えたくない「文化」が背景にあるように思います。欧米の公衆衛生関係者も家の中に土足で入ることのリスクは承知しています。しかし、そこに踏み込むと、それこそ「文化」を相手に喧嘩を売っているようなものなのでそれは避けるでしょう。さらに欧米人は大好きなハンバーガー、フライドポテト、ビザ、サンドイッチ、タコス、ベーグルを素手で食べます。ハンバーガーショップでお手拭きが付くのは日本発のお店です。このように「文化」の差が「公衆衛生」の差になっています。

○日本人に合った対策を
 今回、初期の流行を抑え、医療崩壊を回避するために「人と人の接触を80%減らそう」という呼びかけは理解できます。しかし、流行がある程度抑制されたら「手洗い」や「咳エチケット」といった基本的な情報提供を徹底する必要があるのではないでしょうか。いま一番危惧をしているのが3密という正解が浸透してしまった国民感情です。日本人は真面目なので、自粛解除になっても、「新型コロナウィルスが消えたわけではないので、3密を避け、永遠にテレワーク、宴会禁止、学校閉鎖、ソーシャルディスタンスが重要」と主張し続ける方が出てくるのではないでしょうか。
 スウェーデンが集団免疫を獲得する方向で、国民一人ひとりに考え、できることを実践してもらうようにしていることは大いに参考になります。完璧な終息は当分先の話になりますので、段階的な自粛解除後は前号で述べたように、大きな流行を起こさずに集団免疫を獲得することを目指すしかありません。一人ひとりができることは、結局のところ手洗いと咳エチケット、マスクです。
 
●先生はマスクをしないのですか
 マスクをしないで街中に出ると白い目で見られます。「無症状の人でも感染している可能性があるし、その人と話すだけでエアロゾル感染が、その人が咳をすれば飛沫感染がおこるので、他人に感染させないためにもマスクは当たり前」とされています。
 3週間ほど前、外来診察中にHIVに感染している患者さんが「岩室先生はマスクをしなくても大丈夫なのでしょうか」と真面目に心配してくれました。何を隠そう、この原稿を発信する2週間前から診療をする時にマスクをするようにしています。それまではしていませんでした。理由は簡単です。私がマスクをすることで、私が感染するリスクが高くなるからです。
 いま、医療機関で、それも感染症の指定医療機関で医者や看護師が感染しているのは何故だと思いますか。防御資材の使いまわしもあるでしょうし、現場での緊張感のあまり、マスクの表面をつい触ってしまったり、休憩時間や日常生活でつい油断してしまうからで、本当に気の毒だと思います。この状況こそ医療崩壊と言ってもいいと思います。

○優先順位
 私が感染していて、患者さんに感染させてしまうリスクはゼロとは言えません。ただ、飛沫を直接かけないように診察中は咳をしない。エアロゾル感染と言ったことも言われているので大きな声でしゃべらない。当然のことながら向き合って近距離で話さない。こういうことには気をつけています。
 一方で私が診療の場面で感染するとしたら、病院内に広がっている可能性があるウィルスを私が接触感染、媒介物感染(fomites infection)で取り入れることです。もちろん食事の前の手洗い等々は注意していますが、一番危ないと考えているのが付けなれないマスクの表面を素手で触ることとマスクの使いまわしです。厚木市立病院では職員に配給されるマスクは週1枚で医療崩壊状態です。私が感染したら私が診療しているHIV/AIDSの患者さんを診てくれる医者はいません。そのため、すごくわがままに聞こえるかもしれませんが、「私が感染しないためにマスクをしない」という選択をしていました。
 ただ、今の時代、それこそ外来患者さんが感染し、濃厚接触者として岩室の検査が行われ、実は岩室も感染していたとならないとも限りません。その時は病院の医者ですのでマスコミに公表されることとなります。「前述のような注意をしていました」と言っても通用しないと考え、「外来患者の診察時にはマスクを着用していました」というコメントが出せるよう、アリバイづくりのために、自分自身の感染リスクの優先順位を下げることにしました。
 さていつになったら終息するのでしょうか。皆様もお大事に。