紳也特急 25号

〜今月のテーマ『大人の役割・子どもの権利』〜

●『子どもは”被害者” 宮崎市で人権シンポ 大人の役割考える』
○『相変わらずの他人事意識』
●『子どもの人権』
○『自分の周りを再点検』
●『虐待予防のためにできること』
○『多くの人とのコミュニケーション』
●『健診こそが癒しの場』
○『高校生の読者からの手紙』

●『お知らせ〜「HIV検査・相談マップ」〜』

◆CAIより今月のコラム
「夏休みの思い出」
———————————————————————
●『子どもは”被害者” 宮崎市で人権シンポ 大人の役割考える』
****************************************************
 「子どもの人権を考えるシンポジウム」(子どもの虐待防止みやざきの会主催)はこのほど、宮崎市のシーガイア国際会議センター「サミット」で開いた。テーマは「今、子どもたちに迫る魔の手・・・性、ドラッグ、非行、犯罪・・・私たち大人は何をすべきか」。県外の医師ら3人を話題提供者に迎え、青少年の問題行動と人権を軸に討論。「非行や犯罪は彼らの人権が守られてこなかった結果。虐待とも共通の背景を持つ」と指摘した。
 深夜の繁華街で若者の非行防止と更生に取り組んでいる水谷修さん(横浜市立戸塚高定時制教諭)は、「今年は戦後4回目の少年犯罪の多発期」と分析。その特徴として(1)窃盗(2)性非行・犯罪(3)女性犯罪の急増(4)薬物乱用を挙げ、「今やインターネットやメディアにふたはできない。理論付けのない予防教育はしくじる」と話した。
 これまで200件を超える薬物事件の弁護を担当している小森榮さん(東京弁護士会)は「被害者のいない犯罪は本人も家族も甘く考えがちだが、友達の誘いをきっかけにした再発は多い。ズルズルと抜けきれない」と実情を報告。
 「避妊の知識を正しく教えないのは虐待と同じ」と語ったのは岩室紳也さん(神奈川県厚木保健所医師)。「性感染症は複数の相手との性交渉が招く、という認識は常識のうそ。たった1人のパートナーからうつされた女性はいる。人ごとではない」と、ごく身近に潜む危険を強調した。
 議論の後半は大人の役割について意見を交換。その中で「大切にしてくれるから」と、「買春」にかかわる少女たちの意見を代弁した水谷さんは、「ならば大切に育てればいい。一人ひとりを見詰めて育てること。子どもは常に”被害者”という視点を忘れないでほしい」と訴えた。
2001.8.25 宮崎日日新聞
***************************************************
 虐待、薬物、エイズにどのような関連があるのか、実はシンポジウムに呼ばれた私が一番わかっていなかったのかもしれません。今回あらためて思ったのはいろんな人とのコミュニケーションの大切さでした。多様な人と交流すると自分にはない視点、自分が関わっていながら気がつかないことに目を向けさせてくれます。「子ども虐待防止みやざきの会」(代表幹事:甲斐英幸) http://hb5.seikyou.ne.jp/home/KAI-F/のシンポジウムに参加さ せていただいたことで、私自身が自分を、仕事の視点を見つめ直す機会をいただきました。

そこで、今回は「大人の役割・子どもの権利」について考えてみました。

○『相変わらずの他人事意識』
 子どもが親から虐待され、命まで奪われてしまうケースが後を絶ちません。死に至らないケースを含めれば、全国各地で虐待が繰り返されています。例え死に至らなくても、心身の発達に障害がでたり、非行に走ったり、後に自分が親となって子どもに虐待をしてしまうこともあります。しかし、こんなにマスコミが騒いでいるのに、皆さんは「虐待も他人事」と思っていないでしょうか。
 エイズを他人事として片付けてしまった失敗からわれわれは何を学んだのでしょうか。ニュースでは知っていても周囲にエイズの人がいないと誤解していた。「いるかも」と考えていればもう少し身近な問題になっていたかも知れなかったけれど、他人事意識のため感染する人の数に歯止めをかけられませんでした。HIVに感染しているのも若い人、虐待を受けるのも子どもたち。大人がしっかりしないと守れないのが子どもの命です。

●『子どもの人権』
 人が生きていく上で、育つ上でいろんな障壁がありますが、「人権」とは人として健やかに生き、そして育つ権利ではないでしょうか。虐待は子どもが健やかに生きる権利を奪う人権侵害です。若者に対してコンドームを教えないのは子どもが自らの命と健康を守るための教育を受けさせてもらえない、HIV感染、望まない妊娠や中絶を避ける力を奪うという点で人権侵害です。

○『自分の周りを再点検』
 自分の周りには虐待を受けている子どもを経験しないと現実感がないかも知れません。医者で虐待を身近に感じているのは一部の小児科医だけ、それ以外の医者はあまり身近には感じていません。かく言う私も虐待をそれほど身近には感じていませんでした。しかし、宮崎に呼ばれるに当たって「本当に身近に虐待はないのだろうか」という視点で周りを見渡してみると、アリマシタ。近所に子どもを怒鳴り散らす母親がいます。理詰めに躾けているのではなく、感情的に大声を張り上げています。子どもの虐待は単に身体的暴行や性的暴行によるものだけではなく、言葉による虐待、心理的虐待やネグレクトも含まれます。虐待かどうかの判断となると難しいケースもあるでしょうが、もしかしたら虐待かもという視点で周りを見るといろんなケースがありそうです。

●『虐待予防のためにできること』
 しかし、虐待に関しては早期発見、早期対応だけが注目され、虐待予防についてはあまり取り組みがないようです。子どもって決して思うようになりません。だから子どもであり、その子の環境を含めて守られなければならない存在なのです。最近、隣の若夫婦に赤ちゃんが生まれたのですが、その子がまたよ〜く泣く子で、毎日夜泣きで若夫婦はいつも寝不足顔。そんな2軒で日々交わしている会話の一端。
(夜泣き)
A:夜泣きがひどいんです。
岩:大丈夫、夜泣きは90日までというから。
(しばらくして)
A:もう100日過ぎたんですがまだ夜泣きしています。
岩:??? もうすぐ保育園だし、疲れて寝るよ。
(いやになる)
岩:大きくなったね。
A:お陰さまで歯も生えました。
岩:夜泣きもへったね。
A:でも、気に入らないとすぐ泣くんです。
岩:子どもって言うこときかないといやになるでしょ。
A:本当に捨てたくなりますね。
岩:捨てるならうちのベランダね。
A:そうします。
 マンション住まいに限らず、われわれはつい近所付き合いを疎かにしがちです。しかし、日頃からこのようなコミュニケーションがあればお互いに相手の気持ちが見えて気分的にも楽です。泣いている子の顔だけではなく、育つ様子が見えれば「また泣いてるぞ。親は寝不足になるよな」と親を気遣えるし、相手もこちらの気持ちが見えて楽ですよね。最近はおかずのやり取りやお互いの家で一緒にお酒を飲んだりもしています。人呼んで高級長屋生活。お互いのコミュニケーションが取れていればつらいことも楽しいことも共有できるはずです。虐待だってしなくて済むと思いませんか。
 「冗談じゃないよ。あんな茶髪の若い連中と話すのかい」と思っている人。人を排除するのは簡単ですが、コミュニケーションがなくなっている地域でおかしなことがいろいろ起こっています。声をかければそれなりに返事も返ってきます。せめて、会ったら挨拶を交わすくらいはしませんか。

○『多くの人とのコミュニケーション』
 虐待された人は自分の子どもにも虐待を繰り返すと言われていますが、当事者にその自覚はありません。子どもをわけもなく怒鳴り散らす親をよく観察すると、家族も、友人も同じような雰囲気の場合が多くないですか。付き合う人が自分達と同じ雰囲気の仲間だけだと、他人と比較する中で自分達がしていることがおかしいという気づきも生まれません。パターン化された付き合い方しかできないと、公園デビューでも同じような親を求めてしまいます。日頃からいろんな人とコミュニケーションが取れていない人ほど「気づき」も「癒し」もなく、虐待に向かう可能性があるのではないでしょうか。

●『健診こそが癒しの場』
 育児に追われ、日頃仲間づくりができず、他人とコミュニケーションが取れていないお母さんが同じような境遇の人と会えるのは健診です。乳幼児健診に行く動機づけは子どもの健康チェックですが、親の本当のニーズは子どものかわいさを共有し、育児の大変さを分かち合う仲間づくりではないでしょうか。そして、本当は地域の中に仲間がいれば育児が楽しくなり、虐待も減るのでしょうね。
 勉強ができなくても、社会の枠に上手くおさまらない子でも、かわいいと思われているとちゃんと育ちます。セックスしたって、病気になったって、障害を持ったって、少々言うことを聞かなくったって、どんな子もかわいいと思いませんか。確かに憎たらしいやつもいます。大変な時もあります。でも、みんな子どもです。子どもをかわいいと思えない、子どもにやさしくなれない、子どもの多様性を認められない、子どもの人権を守るために自分にできることが見えない大人社会が一番ダメなのでしょうね。

○『高校生の読者からの手紙』
 この夏休み、学校の保健の宿題でテーマ自由のレポートがでて、私はエイズをテーマに決めいろいろなHPを見ていたら「紳也特急」のページにたどりつきました。(中略)私はセックスをしたことがあるのですが(もちろん毎回「つけて!」って言ってます)コンドームにメッセージ入ってたら彼に対して言いにくくても自己主張(笑)できるし、是非!と思い手紙を送ることにしました。先生のメールマガジンはとても勉強になります。コンドームの習慣づけって大事なんだなあと思いました。先生、頑張ってください。

岩室:励ましの手紙ありがとうございます。若い人の役にたってうれしく思います。余計なパンフも同封しましたので参考にしてください。

●『お知らせ〜「HIV検査・相談マップ」〜』
「HIV検査・相談マップ」のホームページが開設されました。
http://www.hivkensa.com/
http://www.hivkensa.com/i/ (i-mode版)
作 成 HIV検査法・検査体制研究班
開設日 2001年9月1日

これってCAIのアイディアをもらっていますよね。
答:もらっているというと語弊があると思いますが
I-MODE版はCAIで作成させて頂きました。by わた

◆CAI編集者より今月のコラム

「夏休みの思い出」

 どうやらH2Aというロケットの打ち上げがようやく成功したらしい。よかったよかった。
3年程前だったと思うけど、どうしてもロケットの発射を近くで体験したくて、日を合わせて夏休みをとり、一人で種子島へ行ったことがある。

天気予報では島についた翌日には最大級の台風が島を襲う予定だったけど、「それでももしかしたら….」という微かな期待を胸に抱き、勢いで島に行ってしまった。
都会育ちで自然の脅威など知らない人生を送ってきた私には、台風の恐さなどTV中継の中でしか解らなかったのだ。

 結局滞在中にロケットは打ち上げられず、(しかも後日失敗に終わったのだが…)暴風雨で丸2日はホテルから一歩も出られず、夏休みを過ぎても帰りの便のチケットが全くとれなくて、会社に謝りつつもどうしようもなくズルズルと島に居座っていた。ドライブをしながら、台風の前後で全く風景の変わってしまった景色を見て、自然の力に心から驚いたりしていた。

 そんな私に島の人はみな親切にしてくれ、島のジジババ達と唄ったり踊ったりして遊んだり、観光客どころか案内人や警備員の姿すら見えない静まり返った宇宙センターで、一人では居心地の悪すぎる管制塔シュミレーションしたり(笑)レンタカーを空き時間にタダで貸してくれたり、食事もずいぶんご馳走になったしたまたま入った店のオバさんなどは、謎のルートで「満席」のはずの飛行機のチケットを融通してくれたりした。

発射の瞬間をNEWSで見ていたら、ふとあの時のことを思い出し、懐かしくなりました。

いい場所だったよなぁ、種子島。島のみなさんアリガトウ。
またきっと訪ねます。
でもやっぱり打ち上げを見たいので、とりあえずNASAに行くかもしれない。
                          (K・N )