紳也特急 253号

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全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
Shinya Express (毎月1日発行)
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~今月のテーマ『HIVに学ぶ新型コロナ対策』~

●『テレビに出て思ったこと』
○『性はまだまだタブーの日本』
●『5つのエチケット』
○『感染経路がつながっている人たちの間で流行』
●『スウェーデンに学ぶ』
○『日本の対策も選択肢の一つ』
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●テレビに出て思ったこと
8月13日に65歳になりました。1981年、HIVが発見された年に医者になり、既に40年目に突入しています。それなりにいろんなことに関わって来たので、そろそろ後進に道を譲り・・・・・と思っていたところ、新型コロナウイルスが台頭。ま、いろんな人が関わってくれているからそれなりにまともな方向に向かうと思いきやとんでもありませんでした。
いろんなお店がつぶれ、多くの人が苦しい思いをしているのに相変わらずマスコミから流れてくる情報は「???」が付くものばかり。本当に一人ひとりに必要な情報を誰が流してくれるのかと思っていたところにテレビ出演の依頼が舞い込んできました。公衆衛生医として、日本だけではなく世界を含めた新型コロナウイルスの動向を注視してきた立場で外国の先進事例に学ぶ立場でコメントをと声をかけられたので、誕生日だったのですが、出かける予定もなかったため出演させていただきました。
新型コロナウイルスについては曖昧な情報と不安ばかりが広がり、海外の先進地や先進的な取り組みについても、正確に理解されていないという思いから、いま、大事な情報は何かを盛り込みながらの解説を試みました。その中で印象的だったのが「キスでうつる」という発言にスタジオがざわめいたことでした。HIVの感染予防の話をする際に「セックス」や「コンドーム」といった「過激」な言葉を言わないと正確な情報が伝わらないためいろんな苦労をしたのですが、「キス」という言葉も言えないということにびっくりでした。
ということで今月のテーマを「HIVに学ぶ新型コロナ対策」としました。

HIVに学ぶ新型コロナ対策

〇性はまだまだタブーの日本
新型コロナウイルスが咳などに含まれる飛沫で感染することや、唾液をつかったPCR検査、抗原検査が行われていることからもわかるように、新型コロナウイルスが唾液の交換が起こるキスで感染します。というか、キスで交換する唾液の量は飛沫と比べれば膨大な量なので感染リスクは非常に高いです。しかし、このことが日本人の常識にならないのは何故でしょうか。
・誰もはっきりと「キス感染」と言わないから。
・想像力がないから。
・性にまつわることは考えないようにしているから
HIVの感染経路の普及啓発で苦労をしたのは、そもそも「セックス」や「コンドーム」といった言葉を使うことがご法度だったことです。しかし、「キスではうつりません」というのは言ってもOKでした。すなわち、真実がより過激な言葉にある時は、その手前の言葉は使ってもOKですが、新型コロナウイルスでは「キス」が一番過激な性にまつわる言葉になるので、それを言うことがはばかられるのでしょう。日本では性に関する話題はまだまだタブーなようです。

●5つのエチケット
とは言え、「キス」を避けて通ることができないのでどうすればいいか。HIVの時は「コンドームの達人」という言い方で「コンドーム」の市民権の確立に一役買ったつもりですが、今回は「キス」を入れるため、シンプルに、やんわりと「5つのエチケット」として紹介しています。

・咳・会話エチケット
人に、料理に飛沫をかけない(意外な落とし穴が大皿料理です。大皿で出てきたらすぐ取り分けることが大事)
マスク(必須ではありません)
肘で咳を受ける(手で受けると、手についた大量の飛沫をあちこちに付着させることになります)
横を向いて咳や会話をする(飛沫はまっすぐしか飛ばない)
・換気エチケット
可能な範囲での換気の励行(エアロゾル対策はこれしかない)
空気の流れの創出(換気が十分でなくても、空気の流れでエアロゾルは拡散される)
・手洗いエチケット
飲食直前の手洗いの徹底(よく「こまめに」と言いますが、素手で食器や料理を触る直前にきちんと洗わないと意味はありません)
・会食・サービス・接待エチケット
料理・食器に飛沫をかけない(調理する人がマスクをするのはこのため)
食器・手指衛生の徹底(自動水栓がベスト)
・キスエチケット
ディープは避ける(軽い「(*´ε`*)」であればうつらない)
パートナーとだけ(笑)
キスの前後に何かを飲む(ウイルス量低減効果を期待)
覚悟のキス

このように「できること」を常に確認することが大事ではないでしょうか。

〇感染経路がつながっている人たちの間で流行
新型コロナウイルスの感染拡大が始まってから半年以上が経過しました。その間、世界中で様々な取り組みが行われてきましたが、どれが正解で、どれが間違いとは言えません。いかんせん相手はウイルスですので。大事なことは「感染経路」を共有していない人ではうつらないということです。HIVはセックスでうつりますが、セックスをしない人、コンドームを最初から最後までする人はうつりません。すなわち、感染経路がつながらなければ感染しないのです。
Johns Hopkins University (JHU)のCOVID-19の国別統計サイトは今見ると非常に勉強になります。このウイルスは完全には消えないものの、収束をする場合は感染拡大が起こったスピードよりややゆっくりですが、同じような曲線で収束する傾向があります。このことからウイルスが入り込んだ集団、すなわち感染経路がつながっている人たちのグループに一気に広がると、収束もスピーディーです。収束しない国や地域は感染経路が次から次へといろんな人とつながり続けているということになります。アメリカは現在のところ2峰性になっていますが、これはニューヨーク州を中心とした北東部は収束に向かっているのに、流行が他の地域に広がった証と考えられます。

●スウェーデンに学ぶ
スウェーデンは流行の初期からロックダウンを含めた人と人の交流を遮断することを行わなかったため、いろんな批判がありました。しかし、現状を見ると、人口1,000万人の国で感染者数は87,000人、死者5,800人です。注目すべきは感染者数が緩やかに増え、緩やかに収束に向かいつつあるのに対して、死者はかなり前から急速に減少し、最近は一桁台になっています。新型コロナウイルスは高齢者で合併症がある方が重症化したり、亡くなったりしているといっても、「高齢」「合併症あり」の人が全員亡くなっているわけではありません。おそらく「高齢」「合併症あり」の人たちの中でよりハイリスクな人たちが亡くなっているのではないでしょうか。もしかしたら新型コロナウイルスが流行しなかったとしたら、年間3,000人が亡くなるインフルエンザの流行で命を落とされていた可能性も否定できません。実はスペインやイタリアと言った感染爆発が起こったところでも、その後再流行があっても死者はそれほど増えていないことともつながります。

〇日本の対策も選択肢の一つ
日本とオーストラリアを比べると興味深いことがわかります。オーストラリアは行政府主導で、日本は行政の声かけに住民しっかり反応してほぼロックダウンのような状況を作りました。その結果、第1波と言われた状況も、感染者数も死者数もいったんは収束しましたが、自粛をもう一段緩めたらそれまで感染経路がつながっていなかった人たちがつながり、感染者数も死者数も増え、第2波を形成しました。人と人の交流の遮断は医療崩壊の予防という点では意味がありますが、感染の収束にはならない、その場しのぎの対処法だということが明らかになっています。
もちろんず~~~っとロックダウンを続ければ感染経路がつながっていない人たちは新型コロナウイルスには感染しませんので、自分のことだけを考えれば選択肢の一つです。これまでロックダウンに近い自粛を求めてきた政治家、専門家の方々は今後難しい選択を迫られていることになります。なぜなら、自粛を緩めればそれまで感染経路がつながっていなかった人たちがつながり、感染者も死者も増え、第3波になることは必至です。
もしかしたら世界の多くの国は意外とこのまま収束の方向に行くのに、日本だけがロックダウンを繰り返して、この後だらだらと何波も来るようだと、世界各国はオリンピックに行けるのに主催国が受け入れられないと言ったことにならないのでしょうか。ふとそのようなことが気になりました。
だからこそ、「5つのエチケット」が大事です!