紳也特急 255号

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全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
Shinya Express (毎月1日発行)
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~今月のテーマ『感染経路と感染行為、感染場面』~

●『高校での講演中止』
○『「感染経路」という言葉の曖昧さ』
●『「感染経路」、「感染行為」と「感染機会」、「感染場面」は似て非なるもの』
○『確率論や気の緩みの話はやめよう』
●『「エアロゾル、飛沫、唾液」による「吸入、飲食、キス感染」』
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●高校での講演中止
 北海道はいま新型コロナウイルス感染症が急増中です。そんな中、4年前から毎年、高校生を対象とした「思春期の生と性とこころ」に関する講演を依頼して下さっている苫小牧市に今年もお邪魔することが出来ました。学校側はいろんな戸惑いがある中、当初5回の講演が予定されていたうちの4回を終了した時点で「最後の学校で生徒さんに新型コロナウイルス感染が確認されたため講演会を中止することになりました」との連絡が入りました。その時間は市役所職員向けの新型コロナウイルス対策の研修会となったのですが、どことなく腑に落ちませんでした。
 感染していた生徒さんは講演を聞く予定の学年ではありませんでした。もちろん感染が広がっていることを考えれば、感染リスクがある状況を作らないようにするというのは理解できます。しかし、そもそも新型コロナウイルスの感染予防策がきちんと高校生に伝わっているとは思えませんでした。講演をした高校で気になったのが、広い、換気と空気の流れが創出された体育館で、いろんな種類のマスクをし、前後左右の距離はとらされてはいたものの、体育館の床に筆入れなどを置いている生徒さんが多くいました。
 そこで今月のテーマは「感染経路と感染行為、感染場面」としました。

感染経路と感染行為、感染場面

○「感染経路」という言葉の曖昧さ
 HIV/AIDSで当初、学校現場のみならず、多くの公的なところでHIVの感染経路は、「性行為」「血液」「母子感染」と言われていました。しかし、「性行為」はHIVに感染する行為で、「血液」はHIVの存在場所であり、「母子感染」はHIV感染が成立する人間関係です。このように「感染経路」と言いつつ、かなり曖昧な説明が当たり前のように受け止められていました。では、どのように整理すればいいかを考えた時、私は「感染経路」を「感染する行為」で整理することが適当ではないかと考え、「セックス」、「輸血」、「薬物の廻し打ち」、「刺青」と言うようになりました。
 ところが、新型コロナウイルスの感染経路を整理する中で、この原稿を書く直前までは「飛沫感染」、「エアロゾル感染」、「接触(媒介物)感染」、「唾液(キス)感染」と言っていました。よくよく考えると「飛沫」「エアロゾル」「唾液」は新型コロナウイルスが存在する場所です。「接触(媒介物)感染」は落下した飛沫やエアロゾルに触れた手等を介してウイルスがのどの粘膜に運ばれて感染するプロセスを言っています。「キス」は感染する行為です。すなわち「感染経路」という言葉の定義は必ずしも「行為」だけではなく「病原体の存在部位」といった様々な意味を持っています。

●「感染経路」、「感染行為」と「感染場面」、「感染機会」は似て非なるもの
 2020年10月23日に政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会が「感染リスクが高まる『5つの場面』」として、「飲食を伴う懇親会等」、「大人数や長時間におよび飲食」、「マスクなしでの会話」、「狭い空間での共同生活」、「居場所の切り替わり」を公表し注意喚起をしました。
 「マスクなしでの会話」は本当に危ないのでしょうか。エアロゾルは換気と空気の流れを創出するしか手はありませんし、マスクをつけている方がエアロゾルの排出は増えます。飛沫は正面、2メートル以内は危険ですが、角度をつければ問題はありません。すなわち「マスクなしでの会話」は「感染場面」、「感染機会」というだけで、「エアロゾル」や「飛沫」という「ウイルスが存在する場所」としての「感染経路」への対策や、「吸入」といった「感染行為」を遮断すれば「マスクなしでの会話」であっても感染を予防することは十分可能です。

○確率論や気の緩みの話はやめよう
 「大人数や長時間におよぶ飲食」と「少人数や短時間での飲食」とどう違うのでしょうか。人数が多ければ感染している人がいる可能性が高くなるだけです。感染予防方法を知らなければ感染している人と一緒にいる時間が長くなるほど感染リスクが高くなります。「狭い空間での共同生活」も同じで、広ければウイルスに暴露される確率が減り、共同ではなく一人暮らしであれば住居内で感染している人に接するリスクがなくなるだけです。一番驚いたのが「居場所の切り替わり」で「気の緩みによる感染リスクの高まり」という指摘でした。「気の緩み」でどのようなリスクが高まるのでしょうか。「喫煙所での感染」という指摘がありますが、「喫煙所」という「感染場面」が危ないのではなく、喫煙所に入る時に素手でドア等を触り、手にウイルスを付着させたままタバコのフィルターのところを持って口に運ぶことが危険なのです。「気の緩み」と言っている人は「責任」を感染した人に押し付けてはいないでしょうか。

●「エアロゾル、飛沫、唾液」による「吸入、飲食、キス感染」
 「エアロゾル」、「飛沫」、「唾液」はウイルスが存在する場所です。それらに存在するウイルスが体内に取り込まれる行為は「吸入」、「飲食」、「キス」です。細かく言うと「目をこする」、「鼻をほじくる」と言った行為もありますが確率は低いと考えられます。「エアロゾル」も「飛沫」も最後は落下し、いろんなところに付着し、接触(媒介物)感染と言われている「飲食感染」の原因になります。このように整理すると、予防方法がすっきりします。

エアロゾルによる吸入感染を予防するには
 エアロゾルを増やさないようにマスクを外し、換気と空気の流れを創出する。

飛沫による吸入感染、飲食感染を予防するには
 飛沫は相手の顔や料理につかないよう、角度をつけて咳や会話をし、肘で咳を受け止める。
 飲食、タバコなど、口に物を入れる直前の手洗い、手指衛生を徹底する。
 自分の料理や食器は他人から遠くに置く。
 大皿料理は素早く取り分ける。
 出されたものは素早く食べる。

唾液によるキス感染
 間接キス(コップやタバコの回し飲み)もディープキスも避ける。
 パートナーとだけする。
 キスの前後に何かを飲む。

 丁寧に読んでいただいた方は「エアロゾルの落下による飲食感染」について触れていないことに気づいたと思います。これを予防することは不可能です。何故ならエアロゾルはどこに落下するかはわからないのです。でも0.5μmのエアロゾルと500μmの飛沫の体積は10億倍異なりますので、落下するエアロゾルを心配する前に、身近に落下する大きな飛沫に気を配りましょう。完璧はあり得ませんので、私はできることを一つずつ積み重ねたいと思います。