紳也特急 256号

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全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
Shinya Express (毎月1日発行)
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~今月のテーマ『新型コロナウイルスに見るヘイトスピーチ』~

●『高校2年生の感想』
○『ヘイトスピーチとは』
●『気の緩みで感染拡大?』
○『換気の専門家は役に立たない』
●『マスクではなく不織布マスクを』
○『直前の手洗いを』
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●高校2年生の感想
・今回の講演はパワーポイントなどを使わず耳でしっかり聞く講演だったので、より頭に入ってきた。(男子)
・先生のぶっちゃけた話を聞くと、今までは恥ずかしいことだと思っていた性の話も別に恥ずかしがることじゃないし、もっと友達と気軽に話せるような内容であってもいいんだなと思いました。(男子)
・さまざまな話を聞いていく中で、人間の本質を考えて物事を捉えている人だと分かった。(男子)
・自分の経験則に伴って、色々な知識を人に教えることができて、すごいと思う。さまざまな話を聞いていく中で、人間の本質を考えて物事を捉えている人だと分かった。軽率に考えていることが取り返しのつかないことになるということは分かっているつもりだったけれど、話を聞いていると改めて考えさせられた。(女子)
・自分が今まで思っていた、固定概念というものも今日の講演を通してもう一度考え直すべきところがあるなと思うことが出来ました。(女子)
・中学3年生の時にも私の行っていた中学校に来てくださり、お話を聞くのは2回目だったのですが、前に聞いた時と今回聞いたのとでは感じ方がちがくておどろいた。(女子)
・私は今までウイルスの8割ほど空気中をさまよっていると思っていたのですが、飛んだ後、床に落ちていることを今日初めて知りました。(男子)
・マスクをつければけっこう予防になると思っていたけれど、そこまで簡単なことではなくて、一長一短があり、マスクをつけているからといってしっかり予防されているわけでないことを知った。細かく考えることで、一般的に言われているようなこととは違った結果が見えてくる。(女子)

 高校生を対象とした性教育の講演会として呼ばれてはいるものの、このご時世なので新型コロナウイルスの話を盛り込むと食いつきが違います。どうしてそんなに食いつきがいいのかを考えながら話していると、実は彼らがマスコミやわかった気になっている大人たちからトップダウンの感じで「マスクをつけろ」、「手を洗え」、「換気をしろ」、「3密を避けろ」と言われていたからだと気づかされました。これらの言葉は一見合理的に見えるのですが、できていない人を排除、否定するような雰囲気です。しかし、私の話は、できる人が、できることを、できるようにするにはどうすればいいかをただただわかりやすく伝えているだけなので、高校生にはストンと腑に落ちるようです。このやり取りの中で気づかされた新型コロナウイルス関連で発せられているヘイトスピーチの数々を何とかしなければなりません。そこで今月のテーマは「新型コロナウイルスに見るヘイトスピーチ」としました。

新型コロナウイルスに見るヘイトスピーチ

○ヘイトスピーチとは
 法務省はヘイトスピーチを「特定の民族や国籍の人々を、合理的な理由なく、一律に排除・排斥することをあおり立てるもの」と定義しています。「合理的」というのは広辞苑に「道理や理屈にかなっているさま」とあります。ヘイトスピーチと聞けば神奈川県川崎市が全国初の罰則付き条例を施行したことは記憶に新しいのですが、今回の新型コロナウイルスでも「夜の街」、「ホストクラブ」、「接待を伴う飲食店」といった「特定の地域や職業の人々を、合理的な理由なく、一律に排除・排斥することをあおり立てるもの」になっていないでしょうか。
きれいごとではなく、その是非はともかく、正直な感情として「特定の民族や国籍の人々」に対して拒否的な感情を持っている人は少なからずいます。同じように「特定の地域や職業の人々」に対して拒否的な感情を持っている人も少なからずいます。「その感情を変えなさい」というつもりはありません。しかし、その感情を感染症対策に持ち込むと方向性を見誤るだけです。こう書くと「夜の街」、「ホストクラブ」、「接待を伴う飲食店」を営業自粛に追い込めば感染拡大は抑えられたではないかという反論が聞こえ、一見「合理的」と勘違いしている人を勢いづけることでしょう。しかし、それは人の交流が減れば感染症は減り、交流が再開すれば感染症が増えるだけという科学的事実、理屈に気づいていない人の発想でしかありません。

●気の緩みで感染拡大?
 いろんな政治家、専門家、行政担当者、マスコミがこぞって「気の緩み」といった非科学的な情報発信をしています。しかし、この発言こそが感染している人たちに対するヘイトスピーチではないでしょうか。青山学院大学の原晋監督が「政治家の皆さんは『気の緩み、気の緩み』と国民に責任を押しつけるようなところがある」と言っていますが、本当にその通りです。では、本当に気の緩みで感染する人ってどのような人かを考えてみました。
 中高生向けの講演会で最近よく話すのが、HIV/AIDSの患者さんを始めて受け入れた時のことです。患者さんから私が感染するとしたら針刺し事故以外は考えられません。全国的に、全世界的に見ればもちろんHIVに関連した針刺し事故はあります。しかし、実際に、特に初期の頃は医療関係者一人ひとりが針刺し事故を起こさないよう細心の注意を払っていたので事故はほとんど起こりませんでした。「気の緩み」が生まれるような余裕などあるはずがありません。新型コロナウイルス患者を受け入れている多くの病院でも院内感染が起こっていないのは同じように注意を払っているからです。
 こういうと「院内感染が複数の医療機関で起きている」という反論が寄せられるでしょうが、「気の緩み」なのか、「感染経路の誤解」なのかの検証が必要だと考えています。

○換気の専門家は役に立たない
 冬場に向かって換気をどうするべきかを議論するため、換気の専門家の空気調和・衛生工学会や日本建築学会の関係者の方がいろいろ発言されていますが、そもそもエアロゾル感染する新型コロナウイルス予防で「換気」という概念を取り入れること自体、感染経路や予防を理解していないと言わざるを得ません。
 エアロゾル感染よりも長時間病原体が空気中を漂っている、空気感染する結核菌対策に関わる保健医療関係者が一番気を付けているのが空気の流れです。患者さんが風下、保健医療関係者が風上に立てば患者さんが排出し空気中に浮遊している結核菌は保健医療関係者の方には流れてきません。エアロゾル感染でも同じ理屈です。その次に考えなければならないことが、空気の流れが十分確保されない場合など、患者さんが排出する菌が保健医療関係者の周囲に漂ってくる場合の予防策としてN95という高性能のマスクを正しい方法で装着することです。今回新型コロナウイルスでは、「換気」という言葉が独り歩きしているのは、感染症を理解していない人が発したメッセージだということです。空気の流れを創出した結果として、空間の空気をいかに外に排出するかを考えるべきで、換気は結果として起こることです。

●マスクではなく不織布マスクを
 「マスク」という言葉も独り歩きし、マウスシールドやフェイスシールドまでがマスクと誤解されています。マスクの材質もマスクの効果に影響するのですが、今や何かで口を覆っていれば許されると言ったとんでもないマスク大国日本になっています。先日BS-TBSの報道1930という番組が私の指摘を受けて実験をしてくれました。
 BS-TBSの報道1930ダイジェストYouTube 
 マスクの目的は感染している人の飛沫を拡散させないことですので、鼻からあごの下までを覆う不織布マスク以外は意味がないことを周知徹底する必要があります。もっとも、テレビではマウスシールドをつけて料理をしている番組もあれば、先日某県で飲んでいたら調理をする人がマスクをしていないと言ったとんでもない事実に日々直面しています。これからは「マスク」ではなく「不織布マスク」と言い続けましょう。

○直前の手洗いを
 手洗いや手指消毒も「何のため」ということが抜け落ちているようです。手洗いはあくまでも手についたウイルスがフライドポテトやタバコのフィルターに付着させた後に口の中に運ばれるのを防ぐために行う行為です。ということはこまめに洗うとか、どんなに長時間手を洗わなくても、飲食やタバコ直前に手洗い、手指消毒をすればいいのです。「いやいや、その手であちらこちらを触られたらウイルスをまき散らしているのと同じではないか」と反論を受けそうですが、そこを触った人も飲食やタバコ直前に手洗いをすれば大丈夫です。
 「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」といいますが、今撃たれている球(対策)は流れ弾となって多くの人を傷つけているだけではなく、本当に有効な対策が見えなくなっています。今一度、何ができるかを考え、できることを一つずつ積み上げたいと思います。