紳也特急 259号

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全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース!

性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
Shinya Express (毎月1日発行)
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~今月のテーマ『できることの積み重ねか、決め打ちか』~

●『生徒の感想』
○『決め打ち脳』
●『HIVの感染経路に唖然』
○『単純化は誤解の元』
●『なぜ積み重ねができないか』
○『できる人が、できることを』
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●生徒の感想
 正直なことをいうと、この話は大切なことなのだろうけど、ちょっと不愉快という気持ちになりました。でも、寝ずに講話を聴いていたのは、不愉快と思いながらも岩室さんの話に引きつけられるというか、何と伝えればいいのかわかりませんが、興味を持っていたのかもしれないと時間がたってから思いました。不愉快と感じたのは、まだ私が性感染になることはなく、またゲイなどではないからだと思います。死ぬまで性交渉をしないかもしれないけれどもしかするとすることがあるかもしれない。そんな時にはこの講話を思い出し、安全面を考えたいと思います。もしかすると私も同性を好きになるかもしれないですし。最後に一つ思ったことは男って大変だなと感じました。(高1男子)

 最初、岩室さんが、「このネクタイの柄は何かわかる?」と聞き、正解がコンドームと知ったとき、この人はおかしい人なんじゃないかと思いました。しかし、講話を聞いたらすごい真面目な人で、一生懸命な人だと思いました。(高1男子)

 私は1回SNSで男友達に性的に嫌なことを体験した事があります。あくまでSNS、スマホの上での話なので何もなく解決したのですが、今でも男性が怖いです。男友達と二人で遊んだり話したりするのが嫌です。精神的にも無理です。これからは被害に遭わないように努力したいです。(高1女子)

 私は「〇●〇●」の名でメールを出したものです。そこでは私の個人的な相談しか出来なかったので、ここでは講演の感想を書こうと思いました。まず、我々が持っているHIVの偏見と同じ偏見を先生も持っていたこと。押し付けがましくない、安心して聴ける話でした。それから、同性愛の話等幅広く話されていましたが、私が一番感銘を受けたのは「男性器の話」です。ちゃんと洗わないと、子宮頸がんの元になる汚れが取れないからよく洗え、と。最初は女がいる意味があるのか・・・?と思っていましたが、最終的にはどちらにも有意義な講演でとても興味深かったです。私は講演会というものが大嫌いでしたが、先生の素晴らしい講演のおかげで、そのイメージは大分払拭されました。これからもこころから応援しています。頑張ってください。(何回も言いますが丁寧なメールの返信も本当にありがとうございました。)(高1女子)

 国や都道府県の新型コロナウイルス対策を見ていると、相変わらず気の緩み、不要不急の外出自粛といった曖昧なことを、ただただ繰り返すだけです。この1年間で国民の知識はどれだけ増え、どれだけ感染予防の行動が浸透したのでしょうか。学校での講演会が復活する中で、話せば話すほど「そうだったんだ」という反応をもらいます。感染予防の基本はウイルスがどこから、どこへ、どうやって移るかですが、それを一言で伝える方法はありません。「3密を避ける」という決め打ちはある意味正解ですが、それだけでは感染拡大は予防できません。となると、感染予防のためにできることは何かを考え、それを積み重ねることしかありません。そこで今月のテーマは「できることの積み重ねか、決め打ちか」としました。

できることの積み重ねか、決め打ちか

〇決め打ち脳
 相変わらず「空気感染が一番の原因」と声高に主張している医師がいました。私はそのような主張を聞いても、その先生と議論する気にはなりません。なぜなら「で、どう予防すればいいのですか?」と突っ込むだけです。空気感染が唯一の感染経路であれば、今後、手洗いも不要ですし、ポテトフライは素手で食べてOKということです。マスクはすべてN95にするしかありません。ふと思ったのですが、会食の時に自分の足元に頭上に向かう扇風機を置き、自分の頭上に個人用換気扇を置けば、空気感染は予防できます。新しい商売が見事成立です。
 このように、感染経路を知る意味は、「で、どうすれば予防ができるか」を考えるためですが、不思議と感染経路を決め打ちする人は、「決め打ち脳」とでもいうのでしょうか、その次に大事になる予防方法について教えてくれません。

●HIVの感染経路に唖然
 HIV/AIDSも感染経路が混乱していた時代があったことを思い出し、ふと最新の高校の教科書を引っ張り出してびっくり。「コンドームを正しく使うことで粘膜同士の直接接触を避け、感染を防止することが重要です」と書かれていました。「唖然」。言葉を失いました。
 HIVは粘膜と粘膜の接触で感染するわけではありません。当たり前のことですがHIVは感染している人の精液、膣分泌液、血液を主とした体液に存在します。それらをセックス、輸血、薬物の廻し打ち、刺青時の針と墨の共有、さらには出産や授乳という行為で他の人にうつします。この当たり前のことが以前は書かれていたのですが、時が流れ、気がつけばいつの間にか間違った表現に書き換えられていました。

〇単純化は誤解の元
 「3密を避ける」という言葉は「粘膜の接触を避ける」と同じように一見正解に見えます。しかし、3密でも背中合わせなら大丈夫です。粘膜同士でもそこに精液が、膣分泌液がなければ感染しません。さらにHIVについてはU=U、すなわち治療をしていて血液中のウイルス量が検出限界以下(undetectable)になっている人は、コンドームなしで精液を相手の膣や直腸内に入れても相手を感染させない(untransmittable)のです。このことももちろん教科書に書かれていませんが、このように予防をするということは決して単純に「これだけすれば感染しない」といった決め打ちで出来るような単純なことではありません。

●なぜ積み重ねができないか
 最近、学会等でオンライン講演をさせていただくと、〇〇学会の専門医資格の認定のため5択の試験問題を作らされます。もちろん落とすための試験問題ではないので単純明快な質問を作成していますが、そのプロセスで気づかされたことがありました。試験問題を作れないのが新型コロナウイルス感染予防対策でした。
 
 新型コロナウイルスに絶対感染しないためにできることの組み合わせは
 1.絶対人に会わない
 2.絶対に差し入れをもらわない
 3.3密を避ける
 4.マスクをする
 5.手洗いをする
 
 一見すると1と2が答えだと思います。しかし、人に会っていなくても、感染している人が近くにいて、その人が排出したエアロゾルが漂ってくる可能性は否定できません。空気感染すると言っている人もいます。3密でも背中合わせなら大丈夫と思いきや、エアロゾル感染は否定できません。さらにマスクをしているとエアロゾルの排出が増えます。手洗いをしてもその後、口や目に入れるものを触るまでの間に何かに触れればアウトです。すなわち、感染予防を考えるには、「たら」、「れば」を繰り返し考える必要があります。しかし、そのことが苦手な人が多くなっています。なぜなら「答えはこれ」と覚える勉強法、というか暗記法を徹底的に叩き込まれたからでは。「たら」「れば」といった対話をしていると、気がつけば対話の中で迷子になってしまうのではないでしょうか。

〇できる人が、できることを
 この時期は学校の体育館で講演を頼まれることが多くなるのですが、2月の中旬にお邪魔した体育館で大きな気づきをいただきました。午前中にお邪魔した学校は体育館のすべての扉が開けられていて、生徒さんは寒さに凍えながら、でも「換気が大事」ということで我慢をして講演を聞いてくれていました。午後にお邪魔した学校も気温が少し上がったものの、ドアが全開だったのでやはり寒かったのですが暖房器具をフル稼働させていたので少しは暖かくなっていました。その時、ふと天井の方を見たら体育館の壁の上部にある窓が全部しまっていました。さらにその窓のところに扇風機がついていました。さて、皆さんはこの体育館でどのような感染予防対策を行いたいと思いますか。その根拠を含め説明して見てください。私は次のように考え、頭の中を整理していました。
 
 1.フロアに近い窓や扉は閉じる
 2.暖房は普通に入れる
 3.体育館上部の窓を少し開ける
 4.窓の外に向かって扇風機を作動させる
 
 このようにすれば暖房とそこにいる人が排出するエアロゾルを含んだ暖かい呼気で上昇気流ができエアロゾルの体育館外への排気に向けた空気の流れが創出されます。「予防に換気」と決めつけず、できる人が、できることを考え、共有することを積み重ね続けましょう。