紳也特急 74号

〜今月のテーマ『改めてPositiveに』〜

●『カトリックとエイズ』
○『Positiveに』
●『バッシングは応援歌?』
○『エイズ対策は一部成功した』
●『Positiveな方向性を』

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●『カトリックとエイズ』
 紳也特急58号で「宗教とエイズ」ということを書かせてもらいました。貴重な体験をさえてくれた日本カトリック司教協議会カリタスジャパンHIV/AIDSデスクが第31回カトリック「正義と平和」全国集会横浜大会の中で「HIV/AIDSの拡大、このままでよいのか?―今みなが真剣に考える時―」という分科会を開催しました。そこにゲイでHIVに感染しているパトリックとコンドームの達人の岩室紳也が呼ばれて話してきました。
 ゲイ、コンドームと言えばカトリックでは禁忌事項です。しかし、そのカトリックがわれわれを呼び、様々な切り口から共に考えることの大切さを身をもって示してくれたことに宗教の中での葛藤と宗教の奥深さを感じました。そこで紹介されたHIV/AIDSデスク作成の「HIV/AIDSと性教育」という冊子の中でも「同性愛についての教会の見解」や「コンドームの使用は認めない教会」について言及し、司祭という立場の方がどのように考えればコンドームという問題に触れることができるかを論じています。それに引き換え、何かにつけ否定、バッシングしかできない日本という土壌の未熟さもあらためて感じました。
 そこで今月は何事に対しても、性教育バッシングについても前向きに考えたいと思い、「改めてPositiveに」としました。

『改めてPositiveに』

○『Positiveに』
 毎年AIDS文化フォーラム in 横浜でパトとトークをしています。最近はトークのタイトルの中に必ずHIV陽性(HIVに感染している)という意味と前向きに生きるという両方の意味を込めて“Positive”という言葉を使っています。
 「パトはHIVに感染していることがわかった頃はHIV感染=AIDS=死という時代だったけど、死ぬのは怖くなかったの」と聞くと「死なない人はいないよね」というのがいつものやり取りです。確かに岩室紳也もいずれは死にます。どうせ死ぬんだから、と思うか、死ぬまでは生きているから、と思えるか。どう思おうとその人の運命、死期は変わらないのかもしれませんが、死ぬまでの人生をどう生きるかという点では大きな差がありますよね。どうせなら、楽しく、前向きに、Positiveに生きたいと思っています。

●『バッシングは応援歌?』
 ・性教育バッシングのために子どもたちに何も教えられなくなりました。
 ・いままでやってきたことは全部否定されてしまいました。
 ・岩室先生を呼ぼうと思っていたのですが呼べなくなってしまいました。
 ・これから何をやればいいのでしょうか。
 ・子どもたちの現状を考えるとコンドームを教えないなんて戦場に丸裸で  送り出すようなものです。
 実はこのように若い世代の現状を心配し、自分ができることは何かを一生懸命考えている人たちの声をいろんな場面で聞くようになりました。確かに「このように一方的に今までの性教育を否定することはおかしいし、この現状を何とかしなければ」という思いが私の中にもありました。ただ、今回のバッシングを通して今まで見えなかったことが改めて見えてきたようにも思います。その意味ではバッシングは応援歌でもあり、今までの対策をきちんと評価し、これから向かうべき方向性を議論するきっかけになると思いませんか。

○『エイズ対策は一部成功した』
 世界でAIDSが増え続けているのは日本だけ。10代の性感染症や望まない妊娠も増え続けている。若者たちの性行動は活発化し続けている。援助交際も少なくない。
 若者たちの問題に世間の注目を集めるために(?)私自身もこのような声を発信し続けてきました。しかし、性教育バッシングを受ける段になって、このような情報発信が本当に現状を正確にとらえたものかを反省を込めて再評価してみました。すると、何と、日本国内ではエイズ対策が一定の効果を挙げている数字がありました。ここ数年間
1.日本国籍の異性間の性的接触によるAIDS発症は横ばい
 AIDSを発症しないためには発症前に検査を受け、早く治療することが必要です。しかし、異性感性的接触ではHIV感染者の数も増えておらず、早期発見によりAIDS発症が抑制されているとは思えません。ここ数年間異性間のAIDSが抑制されているということは、その方たちが感染したと思われる5〜10年前に行われていた啓発活動が一定の成果を挙げたと考えられます。その一方で、全国的に見ればその当時行われていた啓発活動の中で、同性間性的接触に対するメッセージがほとんどなかったため、全国レベルでは同性間性的接触によるHIVもAIDSも確かに増え続けています。
2.神奈川県や横浜市では同性間性的接触を含めてもHIV/AIDSは横ばい
 全国的には同性間性的接触によるHIV/AIDSの増加により、総数としてのHIV/AIDSも確実に増加しています。しかし、神奈川県や横浜市では同性間性的接触を含めてもHIV/AIDSの総数は横ばい傾向です。全国の異性間のAIDSが横ばいになったと同じように5〜10年前に行われていた啓発活動が一定の成果を挙げたと考えられます。
 このように異性間や神奈川県でのHIV/AIDSがある程度横ばいとなった理由は定かではありませんが、1994年の国際エイズ会議を契機に、全国ではエイズ教育への取り組みが進みましたし、神奈川県や横浜市ではAIDS文化フォーラム in 横浜をはじめとした地道な取り組みが功を奏していると考えられます。
 もちろん現状に満足することなく、横ばい傾向をさらに減少傾向へと持っていく努力は必要ですが、少なくとも今の時点で日本のエイズ対策のすべてが成果を挙げていないと評価することは適切ではないと思われます。

●『反省すべき点』
 では、今後どのような取り組みが必要なのでしょうか。私は1980年代後半から性教育に取り組み始め、1990年から秦野保健所で学校と連携して生徒に直接語りかける性教育を始めました。しかし、その頃は当然のことながら「寝た子を起こすな」という風潮があり、また、学校外から講師を招くことへの抵抗感も少なくありませんでした。もちろん、養護教諭の先生たちは当時から生徒さんたちの状況を心配し、生徒により突っ込んだ性教育をしたいという思いはありましたが、必ずしもその思いが学校の中で共有されていたとは言えませんでした。
 そこで何をしたかと言えば、まずはPTA、特に親向けに講演会を開催し、親の理解を得た上で学校現場に呼んでもらえる環境を作っていきました。若者の性の現状、これからのHIV/AIDS感染拡大の予測、等々を話すことで、家庭での性教育も大事だが、必ずしも話せる親ばかりではないので親の了解の下で学校現場で性教育を充実して欲しいという声を背景に性教育が進められてきました。
 では、最近の学校や地域での性教育の現状はどうなっているでしょうか。確かに学校や地域によってはきちんとカリキュラムの中に盛り込み、積極的に性教育を進めているところもありますが、そのようなところでこそ親を巻き込むことを忘れていなかったでしょうか。もし親が学校で行われている性教育についてきちんと関心をもち、授業参観等で内容を把握していれば性教育バッシングもここまで露骨にならなかったと思います。

●『Positiveな方向性を』
 で、いま、何から取り組めばいいのでしょうか。
 私は講演依頼を受ける時、なるべく生徒向けの話を優先させてきましたが、原点に戻って親や地域の理解を得られるよう、PTA向けの講演会も受けるようにしたいと思っています。地域保健関係者や学校の先生方の中で現状に行き詰まり感を持っている方はぜひPTAを巻き込むようにしませんか。
 そして、あれもできない、これもできない、と自分をNegativeな方向に導くのではなく、少しでもPositiveな方向性を模索するようにしませんか。
 「そんなことを言ったって・・・・・・・・」と言い始めたあなた。あなたは既に若者たちのことよりも自分のつらさに目が行っていませんか。めげずにお互い頑張りましょう。