紳也特急 98号

〜今月のテーマ『考えることを放棄しない』〜

●『パートナー』
○『考えることを放棄しない』
●『若者が教えてくれること』
○『間(ま)』
●『絵を描いて記憶』

…………………………………………………………………………………………

●『パートナー』
 ○○高校で講演を聞いたものです。僕は最近彼女にふられてしまったのですが、友達の延長線上でつきあってる感じでした。中学のときから同じクラスで家もチャリで10分とかの距離で幼なじみって感じでした。その分相手をよく見てなかったと思います。先生が講演中、奥さんを『家内』とか『妻』とかでなく、パートナーっと言っていたことに気づきました。自分に足らなかったのはこれかなと思いました。相手をパートナーとして互いに助け合い、理解しながら生きてくのが大事なんですね。とても大切なことにきづけたきがします。講演会ありがとうございました。
 講演会でどのような言葉を使うかは常に神経を使います。ただ、自分の奥さんのことをどう呼んでいるかを意識したことはありませんでした。しかし、この講演会では確かにパートナーがいることがどんなに素敵なことなのかを語っていた、語ろうとしていたように思います。この彼は私のその思いを自分がふられた経験に重ねてみて何かを感じてくれたのだと思いました。言葉選びの問題だけではなく、自分が語っていることすべてに、丁寧に、神経をいきわたらせなければならないことを高校生の彼にあらためて確認させてもらいました。感謝です。
 一つ若者からの学びが印象に残ると、次から次へと同じような経験が続くものです。そこで、最近若者に教えてもらった言葉「考えることを放棄しない」を今回のテーマとしました。

『考えることを放棄しない』

○『考えることを放棄しない』
 ある講演会の後、こんな感想をもらいました。
 いままでのいくつかの講演と比べてみると岩室先生が仰っている内容は酷く難しい事だ、と感じました。
 以前講義をされた、中絶反対の女の方は、考えなしにセックスしてはいけない。相手のことを考えなければならない。中絶は精神的にも身体的にもきついのだ。そういったことを一時間ばかり話されました。しかし、その時の話はみんな理性に基づいた考え方ばかりで、まったく間違いがない正論ばかりだったので、私はとても微妙な気分で「そもそもセックスをする時に理性なんてふっとんでしまう。そんなとき、理性がたたき出した正論なんて、どんなに役に立つだろう?ぜんぜん意味がないじゃないか」と、そんなふうな無力感ばかりを感じました。
 そんな難しい問題を、私達難しい年頃の若者に、冗談を交えつつ話をされている岩室先生からは、何かを真摯に伝えたい、と心から願う人特有の、人を惹きつける力を感じました。だけど、先生の明るい語り口とは裏腹に、どこか悲しい、寂しい印象を少し受けました。実際にAIDSで亡くなった患者さん達が、先生の話される軽快な言葉に勢いや情熱ばかりでなく、重さや真剣さをもたせているのだろう、と思うと、他人事だと笑い、流す事はできませんでした。
 「知識は何の役にも立たない」という一言が、講演の後もずっと頭のなかに浮かんだままです。
 高校生(しかも女子)をやっている今、性について真面目に考える機会などはほぼないですし、あまり気軽にぺらぺら話したりすることは、難しいです。自分で色々考えたくても、材料となる情報は氾濫していて、何を思考の軸におけばよいのかわからず、自分のなかに浮かんだ疑問・問題はいままでほったらかしのままでした。
 今日岩室先生の話を聞いて、いくつか初めて知ることもあり、とても勉強になりました。特に男女の性の感じ方、考え方の大きな違いについては「ああ、やっぱりそうなんだ」と思いました。
 これからも色々なことについて、考えることを放棄せずに生きていけたら、と思います。
 疑問に思うことがあったらまたメールさせて頂きたいです!
 日本中を飛び回っているということですが、お身体に気を付けてがんばってください!
 今日は本当にありがとうございました。

 思春期保健指導者研修会というのをさせていただいていますが、そこでは受講生の方に「事例性」、「当事者性」を大事にしながら、聞き手との関係性を損なう「スローガン」はやめましょうを基本に、それぞれが話す内容、話し方を磨いていただいています。そのような研修会をさせていただく時期は、実は一番自分の講演を振り返る時期でもあり、自分自身の話の「事例性」「当事者性」、「関係性」を意識して話していたように思います。そして、その思いがちゃんと伝わっていたことに、あらためて人に何かを伝える上で大事にしなければならないことを再確認させてもらいました。

●『若者が教えてくれること』
 若者に「ちゃんと考えているの」といった説教をしたことはありませんか。言葉にしなくても、私自身、同じような思いで若い人を含め他の人を見てしまうことがあります。そんな私は「考えることを放棄しない」という言葉を高校生から聞くとは思っていませんでした。さらにその言葉が私の講演を聞いた感想の中で語られたことで私自身、ハッとさせられました。
 私の講演では、ただ知識を押し付けるだけではなく、ただ情報を伝えるだけではなく、自分のことを含めた、私自身の周りにある様々な方々の経験を通して、何かを感じ、これからの生き方について少しでも考えてもらえればと思っていました。しかし、「あなたはどう思う」とか、「あなたならどうする」ということはあまり聞きません。その代り、例えば、HIVに感染している友達の保健師さん、北山翔子さんはパートナーがHIVに感染しているとは思えなかった。知識があっても、逆にその知識が邪魔をしちゃった。間(ま)を一呼吸入れながら、私が彼女とこの件でやり取りした時の状況を思い出しながら、彼女との会話を再現するようにしていました。この「間」をとることが聴衆に考える余裕、機会を与えているようです。「考えることを放棄せず」と彼女が考えてくれた背景には、考える間を、考えるチャンスを講演の中で作っていた自分があったのかと気付きました。

○『間(ま)』
 最近、他の人の話を聞くのが面白いのですが、ある人の「これでもか、これでもか」という思いのこもった講演会を聞きながら、聴衆の何人かがコックリコックリと睡眠タイムに入っていきました。その人たちも「聞かなくっちゃ」と思いつつ、目をさまそうとしつつ、なぜか頭がさえず眠気が襲ってきていました。
 ところが、その講師の話が情報の伝達から事例の紹介に移ると寝ている人がいなくなりました。情報の伝達の時は一生懸命知識を羅列するのですが、事例の話になると、丁寧に、その事例を話し手自身が思い出しながら話すため聞き手とのキャッチボールのような感覚になってきます。専門職に限らず、人は情報を伝えたくなるとトップダウン、詰め込み、機関銃方式で情報を伝えようとしますが、それだと相手がその情報を受け止め、考え、自分のものとする余裕が生まれません。一方で聞き手の心とのコミュニケーションが成立すれば、伝えたいことが伝わるだけではなく、聞き手自身がいろんなことを考えてくれる余裕が生まれます。

●『絵を描いて記憶』
 こんなことを考えていたら、タモリさんの記憶術という話を聞きました。記憶力のいいタモリさんは物事を記憶しようとする時、頭の中にある情景を思い浮かべ、そこに記憶したいことを絵として書き込んでいくそうです。人に何かを伝えようとする時、言葉で伝えてもなかなか覚えてもらえないのを絵や映像を見せると記憶に、印象に残って覚えてもらえやすいようです。Power Pointの良さは絵や写真とともに音楽を組み合わせ印象に残る伝え方ができることです。もっとも、映像文化に慣れている人にはBGMのように印象に残らないものになる可能性もありますので要注意です。
 私のこころに響いた話をしてくれる人は、その話を聴いている時に私のこころの中に一つの絵を描いてくれています。これからも、「間(ま)」を意識し、聴き手のこころの中に絵が描けるような講演会をしなければと、若者の声と他の人の講演会を聴きながら今更ながら認識させていただきました。そして、やはり「聴く」とは「十四の心で聞くこと」なのですね。いろんな人に感謝です。